天然であればよい食品?(前編)

皆さんは「天然」という言葉にどのような印象を持ちますか。

汚れのないすがすがしい水、岩の間から採取された宝石の原石、大きな海を自由に泳ぐ魚・・多くの人が「天然」にはどこか神々しささえ感じる、よい印象を持っているかもしれません。スーパーに並んでいる食品についても、「天然」と容器に書かれたものは比較的値段が高いこともあり、他の食品とは格が違うものと感じる人が多いのではないでしょうか。

では、「天然」の食品は安全でおいしいと言えるのか?せっかくお金を出すのだから、値段に見合ったよいものを買いたいですよね。そのヒントになるかもしれないお話を二回に分けてご紹介しようと思います。


【食品の天然とは】
「天然」を辞書(大辞泉)で引くと、「人為が加わっていないこと、自然のままであること」とあります。この定義からすると、天然の食品とは、山で採れる野草や山菜、海や川で釣れる魚などに限られます。

しかし、食品では天然という言葉はもっと広い意味で使われており、その定義は非常にあいまいなものであるようです。そうでなければ、スーパーであれほど多種の「天然」の食品が並ぶはずがありません。

そもそも、日本の田舎の田んぼや里山を見て、自然っていいな、と思う風景は実は人の手が加わってできたものです。本当に自然のままの環境はリスクの高いものです。例えば、手つかずのうっそうとした原生林は、遭難などの危険性が高くなるでしょう。

食品についても、同じことが言えます。ホルムアルデヒドテトロドトキシンソラニン、プタキロサイド・・これらはすべて、人の手を加えない自然のままの食品が元々持っている自然毒なのです。


【天然の植物(野菜や果物、きのこなど)】
辞書の定義からすると、植物については品種改良されていない野生種が天然であるといえます。一方で、無農薬や減農薬の野菜や果物も、いわゆる自然食品の店で売られており、自然(つまり天然)であると考えられています。このように、植物の天然は、‘野生種という品種’そして‘栽培方法(無農薬や減農薬)’という2つのパターンで考えることができそうです。

野生の植物は、病害虫から身を守るための毒性のある物質を作ることがあり、毒性が強い場合は人を死に至らしめることもあります。そういった植物は、古くからの人の知恵と経験により食用としては淘汰されてきましたが、現在でも誤って食べてしまったことによる事故は絶えません。
厚生労働省食中毒発生状況(平成21年速報)によると、この一年間の自然毒の患者は199人でした。 このうち、動物性自然毒(フグやバイ貝など)の患者数は41人、植物性自然毒(キノコやチョウセンアサガオ、ジャガイモなど)の患者数は158人でした。

一方で、食用に品種改良された植物の毒性は、かなり低くなっています。しかし、それは病害虫にとっても害のない食べ物になるので、病害虫を防除するための農薬が必要となります。農薬はしばしば危険なものという印象を持たれますが、適切に使用すれば残留農薬が体に悪影響を及ぼすことは決してなく、野生の植物が農薬を使用したものより安全であるとはいえません。


【天然の魚】
魚については、天然の定義がはっきりしており、対となるのは養殖です。
天然魚は高くておいしい、高級料亭で出てくる、という印象があります。確かに、ウナギなど天然に獲れる量がごく少ない場合は、天然ものは養殖ものよりも高くなります。味に関しては、人それぞれに好みがあるので一概には言えませんが、天然ものは環境によって味や品質にばらつきがあり、常においしいと感じられるものではないようです。この点で、養殖魚は環境が一定の水槽内で育てられるので、味や品質の管理がしやすくなります。

養殖魚の安全性について、水産用医薬品が魚の体内に残留し、私たちの身体に入り、健康に影響を及ぼすのではないかと不安に思う人がいるようです。養殖魚を育てる際には、生産性を保つために抗生物質などの医薬品を用います。しかし、こういった医薬品は魚用とはいえ、薬事法で認められたもので使用基準が定められています(表)。こうした規制を守っている限りは、ポジティブリスト制度(*1)で定められた量以上が魚に残留することはなく、私たちの健康に影響を及ぼすこともありません。
(*1:食品衛生法に基づき、農薬や飼料添加物、動物用医薬品が一定量以上残留する食品は販売できないことを定める制度)


表.水産用医薬品の使用基準例

・対象魚種:スズキ
・適用症:ピブリオ病
・対象医薬品:チアンフェニコール(抗生物質
・用法:経口投与
・用量:50mg/kg・日
・使用禁止期間:15日間(*2)
*2:医薬品を最後に与えてから水揚げができるまでの期間。魚の体内で医薬品が完全に残留基準以下になるまでの期間をもとに決められている。


さらに、農林水産省では養殖水産物の安全性を確保するために、GAP(Good Aquacultural Practice, 適正養殖規範)という方法を策定しています。GAPは、生産工程を間違いなく遂行するために、医薬品や餌の使用、養殖場の環境に関することなどの項目を事業者自らがチェックする方法です。

一方で、天然魚はどのような環境で何を食べて成長したかは分からず、寄生虫に感染するリスクも高くなります。
魚の寄生虫のほとんどは人に対しては無害ですが、害をもつものもあります。例えば、サケやアジ、イカなどに寄生するアニサキスは、激しい腹痛、おう吐、吐血などを引き起こします。寄生虫の多くは、感染している獲物(小魚や甲殻類など)を魚が食べることで感染します。この点で、養殖魚は人工の餌や冷凍した餌を与えられることがほとんどなので、天然魚に比べて寄生虫に感染する確率はずっと低くなり、サケなども寿司や刺身などで生食できます。ただし、天然魚であっても、寄生虫は加熱や冷凍で死滅するので、生食を避ければ寄生虫による健康被害の心配はありません。

後編に続く>