日本科学未来館シンポジウム「おいしく食べて健康づくり」

現在、日本科学未来館では「‘おいしく、食べる’の科学展」を開催しています(3月22日まで)。

2月11日、その関連イベントとしてシンポジウム「おいしく食べて健康づくり」が行われました。
四名の講演者により、おいしさや味の感じ方、好き嫌いの仕組み、うま味などに関する話題が提供され、中学生から大人まで多くの参加者が熱心に耳を傾けていました。

今回はその中身の一部をご紹介します。


☆おいしさはどこから?(社団法人食感性コミュニケーションズ理事長、東京大学名誉教授、相良泰行氏)

おいしさには、次の三つの要因が関係しています。
・知覚的要因:食品の色や形、味など
・要求的要因:空腹や体調不良、眠気など体の状態
・認知的要因:食品の産地や有機栽培という言葉、CMやパッケージなど

知覚的要因はヒトの味覚や嗅覚、触覚が関係しており、認知的要因は視覚や聴覚が関係しています。おいしさは、食品が持つ味そのものだけではなく、ヒトが持っている五感のコミュニケーションによって得られると言えます。

ヒットしているあるペットボトルのお茶について実験をしました。ペットボトルを見ずに中身のお茶を飲む場合とペットボトルを見てから飲む場合で、そのお茶の味の評価がどのように変わるのかというものですが、ペットボトルを見ることでおいしさのスコアは上がりました。
ここでのペットボトルの役目は、頭の中で認知している情報(CMの影響など)を機能させるというものです。

(最後のディスカッションでのコメント)
食育は子供のことだけではありません。全ての層が食のことを学ぶ「食学」という考えが大切です。
また、何か問題が起きたときに過剰な報道があることがあります。これに対処するための「ここまでは研究で分かっていて、ここからはまだ分からない」ということを示す、科学的なデータベースが世の中にはありません。このあたりで、産・学・官が協力しそういったデータベースを作った方がいいでしょう。


☆ここまでわかった味覚の仕組み(東京大学大学院教授、阿部啓子氏)

おいしさは味覚が中心になっていると考えています。

甘い、酸っぱい、苦い、しょっぱい、うまい、というものが五基本味と言われます。
この基本味は(しょっぱい以外)赤ちゃんでも分かります。味覚には学習もあるかもしれませんが、本能で感じるものなのです。
本能とは、体にとって何らかの利益があるため、進化を繰り返しても失われないものです。甘味はエネルギー源、酸味はエネルギー物質や腐敗物、苦味は毒、塩味はミネラルバランスをとる、うま味はたんぱく質合成材料であるということを本能で感じるのです。

味を感じる場所は、舌にある味蕾(みらい)です。
基本味は味蕾で別々の経路で受け取られます。甘味は甘味の受容体、酸味は酸味の受容体というように、それぞれに固有の受容体が一つずつ味蕾にあります。
私たちは砂糖とアスパルテームの甘味を感じ分けることができますが、どちらの甘味がきても同じ甘味の受容体で受け取ります。どのように甘味の質を感じ分けられるのかはまだ分かっていません。
このような味を感じる仕組みは、ヒト以外の脊椎動物でも同じです。ただし、種によって感じられる味覚は違います(砂糖とアスパルテームの違いなど)。

味蕾において、塩味は甘味を強めるような仕組みがあるのではないかとも言われ、これは今ホットなテーマです。

このように、味は味蕾でキャッチしますが、食べるか食べないかを決めるのは脳です。

食品のおいしさは記憶されます。食品の味そのものだけではなく、楽しい出来事や雰囲気などとともに脳への刷り込みが行われます。豊かで健全な味覚形成は子どもの頃から始まっているのです。


☆食欲と好き嫌いの仕組み(畿央大学教授、山本隆氏)

血糖値の低下によって食欲は生まれ、食べることで血糖値は上昇します。
血糖値の低下や上昇は脳の視床下部で判断されます。そこにある満腹中枢と摂食中枢はまるで上皿天秤のように互いのバランスをとっているのです。

食べることは生きるために必須の行動ですが、このためだけに食べるわけではありません。おいしいから食べるのです。

おいしさには二つのステップがあると思います。
生きるためのおいしさと快楽のためのおいしさです。前者は学習や経験によって得られるもので、食文化とつながります。後者は本能的なもので、高甘味や高脂肪、高カロリーのものはどこの国にいってもおいしいとされるということです。

好き嫌いは10歳以下で始まることが多いということがアンケートにより分かりました。
好きになった理由は「おいしかったから」というのがほとんどで、嫌いになった理由は「食後の不快感」と「まずかった」というのが多かったです(順に33%、29%)。
好き嫌いをなくすためには、無理やり口に押し込んだりしない、給食などで無理強いはしない、楽しく食べる、一緒に調理をするといったことが大切です。


☆食事がおいしいと消化に良い(味の素株式会社主席理事、ライフサイエンス研究所、鳥居邦夫氏)

うま味はコンブ、カツオブシ、干しシイタケなど、出汁として和食でよく使われる食材に特有の味で、1908年に池田菊苗がうま味物質であるグルタミン酸を発見したのが始まりです。

グルタミン酸は消化に関わる様々な感覚を刺激します。
例えば唾液の促進作用が明らかになっており、この作用はレモンよりも長い時間持続しました。
また、食事を始めたことを脳に伝える胃のある部分は、グルタミン酸だけに反応し、それ以外の19種類のアミノ酸や食塩には全く反応しませんでした。
他にも、条件反射の実験で有名なロシアのパブロフ研究所は、肉に「味の素」をかけると犬の胃液の分泌が促進されることを示しました。

こうしたグルタミン酸は母乳にもたくさん含まれています。

うま味はおいしいだけではなく、食べた後の消化の開始を指令するシグナルとなり、健康を支える重要な役割を担っていると考えられます。