知っておきたい「残留農薬の安全性」

先日、二年前に起きた中国製冷凍餃子事件の容疑者が捕まったとのニュースがありました。この事件は、中国製の冷凍餃子を食べた消費者が中毒症状を訴え、製品から高濃度の農薬成分が検出されたというものです。

事件が起こった当初、中国では大量に農薬を散布し、健康に影響がでるほど残留したのではないかと思った人は多いかもしれません。しかし、実際には、検出された農薬成分は残留農薬によるものではなく、工場の労働条件に不満を持っていた従業員によって意図的に製品に混入されたものであるということでした。

今回のような事件を予防するためには、「食品防御(フードディフェンス)」という仕組みが必要となります。現在、日本ではその必要性が小さいことから、食品防御の仕組みはあまり動いていないようですが、厚生労働省ではアメリカのバイオテロリズム法を参考にしてチェックリストを作成するなどしています。


一方で、日本でも残留農薬については厳しい基準が定められており、残留農薬による健康被害は報告されていません。食品防御については別の機会にゆずるとして、今回は私たちの食生活に密接な関係がある残留農薬基準について書きたいと思います。


普通、野菜や果物を栽培するときは、雑草や害虫を防除するために農薬を散布します。
日本では農薬取締法により、農薬の登録時に、農薬としての有効性に関するものを初め、数々の資料を提出しなければなりません。この中には動物を用いた毒性試験のデータもあり、これを用いてヒトへの安全性を審議し、残留農薬基準が定められます。


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残留基準の決め方は次の通りです。

●動物を用いた急性毒性試験や慢性毒性試験、発がん性試験、催奇形性試験(*)などを行った結果、いずれの試験においても毒性が認められなかった投与量を「無毒性量(NOAEL)」(mg/kg/日)とします。
*:妊娠した動物に農薬を投与したとき、胎児に奇形などの異常が現れるかを調べる試験


●この無毒性量から、人間が一生涯にわたって毎日摂取しても健康に影響を及ぼさない「1日摂取許容量(ADI)」(mg/kg/日)を算出します。算出の仕方は次の通りです。

ADI=NOAEL×1/100


ADIは、NOAELに安全係数1/100を掛けた値です。
安全係数とは、動物実験の結果を人間に置き換えるための1/10と、さらに個人差を考慮するための1/10を掛け合わせたものです。ただし、実験動物より人間の感受性が10倍高いなどということではなく、この安全係数は通常使われるデフォルトの値です。安全係数はケースによっても違いますし、国によっても違うことがあります。


●私たちは普段、穀物や野菜、果物など様々な作物を食べています。
そこで、私たちが様々な作物から摂取する1日の農薬の合計量がADIの8割を超えないように、作物ごとの残留基準値が設定されます。8割としているのは、肉や魚、大気や水など、作物以外の経路での農薬の摂取を2割と想定しているからです。
各残留基準値は日本食品化学研究振興財団のHPをご覧ください。


●そして、この残留基準値に合うように、作物ごとの農薬の使用基準(使用時期や使用量、使用回数など)が設定され、これを守ることで残留基準も守れるという仕組みになっています。


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ただし、輸入品が増える状況の中で、日本国内ではあまり使用されないため基準が定められていない農薬が作物に残留することがあります。こうしたことなどから、2006年に、基準が定められていない農薬については、健康に影響のない量である0.01ppm(1ppm=0.0001%)を一律基準として、これを超える作物の販売は禁止するというルール(ポジティブリスト制)が始まりました。


輸入品については、港や空港の検疫所で書類上の審査が行われ、これを通過したもののみが流通できます。輸出国での残留基準にパスしたとしても、日本の基準に適合しなければ流通しません。
さらに、実際に残留基準が守られているかどうかは、全国の地方公共団体や検疫所で定期的な抜き取り検査を行い監視されています(国産品、輸入品ともに)。こうした検査で基準値を超えた作物は販売禁止、回収、破棄などの措置がとられることになります。


ただし、基準値を超えたからといって、ただちに健康被害があるというわけではありません。それは、先にも書いたように、残留基準の設定の基本となるADIは「人間が『一生涯にわたって毎日』摂取しても健康に影響を及ぼさない」量であり、1/100の安全係数が掛けられているということなどがあるからです。


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