天然酵母パンの「天然」って何?

先日、ミネラルウォーターのネーミング「○○の天然水」の天然とは何かについて書きました。

同じ「天然」という表記で、もうひとつ気になる存在があるので、今回はそちらについてまとめてみたいと思います。天然酵母パンの「天然」です。


パンがふくらむのは、生地に加えられたパン酵母イースト菌)が発酵をするからです。
発酵とは、酵母が生地の中の糖を分解し、エタノール二酸化炭素を生成する反応です。二酸化炭素ができることによってパン生地はふくらむのです(*1)。
*1:詳しくは「ケーキとパンがふくらむ理由」を見てください。

酵母はパンのほかにも、ワインやビール、味噌、醤油などの食品を作るとき活躍します。自然界には数多くの酵母が存在しますが、食品によってどの酵母を用いるかは違います。

パン作りには、サッカロミセス属セレビシエ種に属する、ある特定の酵母が向いています。これを工業用の発酵タンクで糖蜜を使って純粋培養(*2)したものが「パン酵母」と呼ばれており、「天然酵母」の対の存在のようになっています。
*2:あるひとつの菌だけを培養すること。


パン酵母はスーパーでも販売されています。
一番よく見かけるのは顆粒状のドライイーストあるいはインスタントドライイーストと呼ばれるものではないでしょうか。ほかに、生イーストと呼ばれるものもあります。

●生イース
発酵タンクから回収した酵母をそのままブロック状に固めたものです。酵母細胞が生きているので、ガス発生量がほかのイーストより多いという特徴があります。冷蔵庫で1〜2週間保存できます。

ドライイースト
イーストを乾燥させたものです。ドライイースト酵母細胞は休眠状態(死んでいるわけではない)にあり、湯に浸して再活性化させてからパン生地に加えます。室温で数ヵ月保存できます。

●インスタントドライイースト
ドライイーストよりも短時間で一気に乾燥させたものです。表面に小さな穴がたくさんあいており、ドライイーストよりも吸水しやすく、湯に浸さずそのまま生地に加えて使うことができます。


では、「天然酵母」とは何か?ということですが・・・
先にも書いたように、パン酵母は工場で「パン酵母」のみを純粋培養したものですが、天然酵母は一般的に、野菜や果物などを培地にして不特定多数の酵母や細菌などを培養したものを指すようです。

天然酵母は、野菜や果物などを水に浸し、それらの表面に付着している菌類を分離させることで得られます。

パンの味の違いとしては、天然酵母には酵母だけでなく乳酸菌や酢酸菌などが多く含まれるため、それらが発酵した結果生成される乳酸や酢酸によって酸っぱく感じられることがあります。
また、培地によって菌類の組成は異なるので、どの培地を使うかで微妙な風味の違いを感じることができるかもしれません。

しかし、天然酵母を使ってふっくらしたパンを焼くことは難しいのです。
なぜなら、細菌は酵母よりも増殖速度が速く、酵母による二酸化炭素の生成を妨げるということがあるからです。パンのふっくら感は二酸化炭素の生成によるものです。
また、酸性条件と細菌のたんぱく質分解酵素によって、パン生地のグルテン(*3)が弱くなり、弾性が低くなるということがあります。
*3:グルテンについてはこちらを見てください。

キウイやパイナップルは強いたんぱく質分解酵素が含まれているので、天然酵母の培地には向かないかもしれないですね。


パン酵母天然酵母も生き物であり、栄養を与えて培養するということは同じです。
社団法人日本パン技術研究所の「天然酵母表示問題に関する見解」によると、日本イースト工業会は、生き物である酵母に「天然」や「人工」という区別はないという考えから、「天然酵母」の定義は行っていません。
同法人は、「天然酵母」ではなく、素材の由来から名前をとり、レーズン発酵種や果実発酵種などとすることを提案しています。

天然酵母というと、それ以外のものを工業的なものに感じてしまうかもしれませんが、全てのパンは生きている酵母によって作られているのです!