全国消団連「食のリスクを考える-氾濫する『安全・安心』をよみとくためには」(前編)

7月7日、全国消費者団体連絡会による学習会「食のリスクを考える-氾濫する『安全・安心』をよみとくためには」が開催されました。

学習会では(独)産業技術総合研究所の安全科学研究部門長である中西準子氏により、種々の安全問題を考える上で大切なリスク評価についてお話がありました。中西氏は環境問題のリスク評価を専門にやっておられますが、そうした経験の中から食の問題についても提言をされています。
今回は、氏がリスク評価を行うことになったきっかけや、食のリスクを考える上でのポイントなどを、学習会でのお話をもとにご紹介します。


☆食のリスクを考える((独)産業技術総合研究所安全科学研究部門長、中西準子氏)

【リスク評価を行うようになったきっかけ】
私は最初は公害問題に取り組んでいました。
水俣病田子の浦のヘドロといった公害問題は他の問題とは比べものにならないくらいひどかったので、それにお金を集中して対策をとるということができました。公害問題は、影響を受ける人は少ないけど、それぞれの人が受ける影響の度合いは大きいのです。

しかし、段々と状況は変わり、影響を受ける人は多いけど、受ける影響の度合いは小さい、環境問題になっていきました。環境に関する問題は、小さなものが200も300もあり、ある問題を解決しようとすると矛盾に突き当たることがあります。
例えば、地球温暖化対策として原子力を推進する、けれど原子力原子力のリスクがあるということや、洪水を治めるためにダムを作る、けれどダムを作ることによる生態系へのリスクがあるといったことです。
あるリスクを小さくすると別のリスクが大きくなるというもぐらたたきのような「リスク・トレードオフ」が起こるのです。
このようなことがたくさんあるので、リスクの大きさを比較するためのモノサシが欲しい、作りたいと強く思うようになりました。


【安全ではなくリスクを考える理由】
安全とは、時代や国によって異なる相対的なもので、定義ができません。また、安全に関する問題はたくさんあり、「食の安全」はそのひとつに過ぎません。
政策目標には定義ができない「安全」よりもむしろ「リスク」を用いた方がいいのです。
リスクの考えのもとに政策を行うには、目標となる状態、つまり、「何が起きるのがイヤか」(エンドポイント)ということを明確にする必要があります。例えば、インフルエンザやがんなどです。
リスクは、エンドポイントが起こる確率とその影響の大きさを考慮したものなので、時代や国によって容易に変化するというものではありません。

リスク=エンドポイントが起こる確率×重篤


ダイオキシン問題から学ぶこと】
1997年に私はダイオキシン対策としてのゴミ処理の広域化に疑問を感じ、新聞に論壇を投稿しました。
当時、旧厚生省はダイオキシンの85%が小規模な焼却炉から排出されるとして、大きな焼却炉を作りゴミ処理を広域化して行うことにしていたのです。
ところが、焼却炉の数は年々増えているのに対して、ダイオキシンの摂取量と母乳中のダイオキシン濃度は1970年代以降、経年的に減少していました。私たちはそのときダイオキシン濃度のデータを持っていませんでしたが、「どこから来たのか?」という経路が分かればそれを類推できました。

ダイオキシンは136の同族化合物があり、その中の17種が有害とされています。普通はどの機関もその17種しか調べていませんでしたが、私たちはできる限り多くの同族化合物の環境中での分布を調べました。

島根県宍道湖の底泥の層を深さごとに解析したところ(どの層が何年くらいに積もったものかは他の方法で分かる)、ダイオキシンの分布には1960年代、1975年、80年代の三つのピークがあることが分かりました。私たちは農薬の使用量データと照らし合わせ、1960年代は当時使用されていた農薬PCPの不純物、1975年も当時の農薬CNPの不純物、80年代は焼却から由来したものと考えました。

ですが、この結果は有毒ではないダイオキシンの同族化合物も含んでいます。
PCPには有毒な成分が含まれていることが分かっていましたが、CNPにはそうした報告はなかったのです。
CNPはすでに流通していませんでしたが、私たちは農家の物置を見させてもらい、開封していないCNPを手に入れました。それを分析したところ、高濃度の有毒成分が検出されました。

こうした結果から、発生源別にダイオキシンの有毒成分の排出量を計算しました。
歴史的にみると、PCPから発生した量がもっとも多く、次にCNP、最後は焼却でした。PCPやCNPの不純物は海の底に残っており、日本人は主に魚介類からダイオキシン類を摂取していることが分かりました。大気経由の割合は実は非常に低かったのです。

ダイオキシンは焼却に由来しており、それはとても危険なもの・・と言われていましたが、実際は魚介類からの摂取がもっとも多く、その摂取量は経年的に少なくなっており、ダイオキシンのリスクはそんなに大きなものではない、ということでした。
それにも関わらず、当時は「母乳を飲ませない方がいい」などといった主張もされていました。母乳を飲ませることのリスクは0.4日以下の損失余命(*)ですが、飲ませないことのリスクは60日以上の損失余命なのです。
*短くなる寿命の長さ


こうしたダイオキシン問題からみえてくる問題点は次のようなことです。
(1)リスクとハザードの区別がつかない
(2)危険は大げさに言った方がいい(一種の正義感、事実より理念)
(3)リスクの大きさを考えていない
(4)他のリスクとの比較ができない
(5)リスク削減対策による負の影響を考えていない
(6)発生源や曝露経路の特定に関する科学の経験がない(煙や排水が出ているところが発生源だという考え)


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ダイオキシン問題の詳細については、中西氏の著書「環境リスク学 不安の海の羅針盤」(2004年日本評論社、定価1,890円)をご覧ください。
後日、学習会の後編(リスクとハザードの違いやリスクゼロはあるか?、質疑応答など)を引き続きご紹介したいと思います!