科学コミュニケーション研究会で聞いた「リスクと信頼をめぐる心理学」

7月24日、科学コミュニケーション研究会「コミュニケーションとは何か〜信頼のメカニズム、プロパガンダ・宣伝と広報の違いを知る〜」が開催されました。

研究会では、心理学やコミュニケーションの専門家、災害情報を発信する研究者などから、科学コミュニケーションのあり方について講演がありました。
特に、同志社大学心理学部教授の中谷内一也氏の講演「リスクと信頼をめぐる心理学」は、食に関わるお仕事をされている方にとって、リスク情報の発信の仕方の参考になるような内容だったので、ご紹介したいと思います。


☆リスクと信頼をめぐる心理学(同志社大学心理学部教授、中谷内一也氏)

普通に考えると、リスクが高いという情報は不安につながり、リスクが低いという情報は安心につながります。
しかし、現実ではそのようにはいっていません。日本の食中毒での死亡者数は以前と比べるとずっと少なくなっていて、実態としては食のリスクは低下していると言えます。それなのに、食への不安は高まっていると言われているのです。


【ストーリー性か統計データか】
ある社会心理学の実験をご紹介します。
●簡単な作業をしてバイト代の500円をもらったとします。
●担当者はそのうちのいくらかをNPO団体に寄付してくれないかと依頼します。寄付は食料不足にあるアフリカへの援助に使われます。
●その上で、次のうちいずれかの情報を与えられます。
(1)アフリカの女の子の写真と、彼女の生活状況に関する情報
(2)アフリカの一般的な生活状況に関する統計データを基にした情報
(3)上の二つを組み合わせた情報

それぞれの情報を与えられた場合の寄付平均額は、(1)では約2.5ドル、(2)では約1ドル、(3)では約1.5ドルでした。
この結果から、私たちの心は統計的なデータではなく、顔と名前を持っているような個別事例により動かされるということが分かりました(*)。
*中谷地氏によると、(3)の寄付額が(1)より下がるのは、統計データを与えられることで、「そういう子どもがたくさんいるなら、自分一人の寄付の価値はあまり大きなものではない」と感じてしまうからではないかと推測しています。


リスクは、なりたくない状態(エンドポイント)の重篤度とそうなる確率によって決まります。例えば、発がんの重篤度×1/10万人といったようなことです。
このように、リスクは集団を対象にした統計的な概念です。先ほどの実験結果によると、リスク情報よりもストーリー性のある個別事例の方が伝わりやすいということになります。個別事例は必ずしも安全か危険かを伝えるものではないのに関わらず、です。


【意思決定には二つのシステムが働く】
人には、二つの情報処理システムが備わっており、それらが連携しながら意思決定をしていると考えられています。
システム1は経験的なシステムで、イメージやストーリー、個別事例によりリアリティを得ます。一方で、システム2は分析的なシステムで、統計からリアリティを得ます。

専門家によるリスク評価はシステム2の産物です。
ところが、人類は進化の中で、危険にぶつかったときのすばやい行為選択においてはシステム1を活用し、生きのびてきました。そして、現在も日々の判断ではシステム1が優勢となっています。
こうした議論は、科学が不要だとか、リスク評価が人に受け入れられないということを主張するものではありません。ただし、人が科学やリスク評価をサポートするかどうかは、論理やデータを中心とした情報によって得られるとは考えにくいのです。


【信頼されるには?】
システム1の重要な機能として、信頼できる相手を直感的に見つけるということがあります。では、信頼はどのようにして得られるのでしょうか?
以前から信頼は大まかに次の二つによって得られると言われてきました。
●能力認知(能力、経験、資格があるかを認知されること)
●動機づけ認知(公正さ、誠実さ、真面目さを認知されること)
最近は、これらのほかに、相手が自分と価値を共有していると感じるとその相手を信頼するという、価値類似性認知というものも提案されています。


信頼を決めるとき、「能力認知」と「動機づけ認知」、「価値類似性認知」のどれが一番強いのでしょうか?
たばこに関する二つの政策(たばこ税増税、未成年喫煙防止のための政策)に関して、無作為抽出された20歳の国民1,394名にインタビュー調査をしました。調査した項目は、能力認知、動機づけ認知、価値類似性認知に関するものと、当該問題に関する政府への信頼、関心の強さの5つです。
結果によると、もっとも信頼を決めるのは価値類似性の認知だということが示唆されました。
そして、未成年喫煙防止のようにコンセンサスのある問題では能力認知が動機づけ認知より勝り、たばこ税増税のようにコンセンサスの低い問題では動機づけ認知が能力認知より勝りました。

こうした結果から、科学者は能力があると認知されていても、それだけでは信頼されないということが推測されます。
価値を共有しているという認知がベースにあり、ある問題へのコンセンサスが整った上でようやく科学者の有能さが信頼をもたらす、と推測されます。