日本学術会議公開シンポジウム「遺伝子組換え作物とその利用に向けて」

8月6日、日本学術会議によるシンポジウム「遺伝子組換え作物とその利用に向けて」が開催されました。

シンポジウムでは、乾燥ストレス耐性作物やワクチン米など現在開発中の遺伝子組換え作物の紹介や、世界での遺伝子組換え作物の栽培の状況、社会とのコミュニケーションなどの話題が提供されました。
今回は、社会問題の視点から遺伝子組換え作物についてお話された宮城大学産業学部の三石誠司氏のご講演の中身をかいつまんでご紹介します。


☆科学技術と社会‐遺伝子組換え作物を素材とした検討‐(宮城大学産業学部/国際センター、三石誠司氏)

遺伝子組換え作物について、純粋な科学的問題としてではなく社会問題として議論するために、次の五つの視点を提示したいと思います。
●「当たり前」の現実から考える
●短期的視点と長期的視点、さらにより大きな視点で考える
●「基本的な数字」を調べ、それに基づく議論を展開する
●「もしこれがなかったら」と常に考えてみる
●私たちの生活を維持している本当に必要なモノや仕組み、「見えないインフラ」とは何かを考えてみる


【世界の穀物の需給バランス】
米国農務省によると、世界の主要穀物(小麦、コメ、トウモロコシなど)の生産量は年間27億トン程度です。
一方で、日本は穀物を年間3,100万トン輸入しています。この中で占める割合がもっとも多いのはトウモロコシで1,630万トンです。

このような基本的な数字を知っておくことは大切ですが、イメージがわきにくいと思うので例を示します。
輸入トウモロコシのうち飼料用は年間で約1,200万トンです(残りは工業用)。つまり、月100万トンの飼料用トウモロコシが輸入されているということになります。
穀物の輸送には普通、大型の船が使用されます。アメリカ中西部のコーンベルトで生産されたトウモロコシはミシシッピー川を下り、河口のニューオリンズから船に積まれて輸出されます。メキシコ湾から太平洋に出るためにはパナマ運河を通らなければなりませんが、このとき運河を通る最大規模の船をパナマックスといいます。パナマックスは約5万トンの穀物を積むことができます。
つまり、飼料用トウモロコシを月に100万トン日本に持ってくるためには、パナマックスが20隻必要です。一ヵ月は30日間なので、1.5日に一隻が途切れなく日本に出ているということになります。このようにしてようやく日本の農業や畜産は維持されているのです。

私たちは当たり前のように毎日の生活を不自由なく送っていますが、それはこのような見えないインフラが存在しているからです。また、一度この動きが止まってしまったら日本全体が大きな影響を受けるという、必要不可欠なインフラでもあるのです。


【日本の遺伝子組換え作物の輸入量は?】
遺伝子組換え作物をどれくらい輸入しているのかを直接あらわす統計データはありませんが、次のような推定はできます。
輸入トウモロコシの1,630万トン中、アメリカからの輸入は全体の96%です。
2009年、アメリカにおける遺伝子組換えトウモロコシの作付け比率は全農地の85%だったので、約1,340万トンの遺伝子組換えトウモロコシが日本に輸入されたということが推定できます。

遺伝子組換え作物がたくさん輸入されているということは、人によっては見たくない現実なのかもしれませんが、もはや好き嫌いの問題ではありません。
日本の農地面積は約463万ヘクタールです(2008年)。これに対し、現在輸入している穀物を全て国内で生産するとした場合、農地は現在の約3.5倍、約1,700万ヘクタールが必要となります。

アルゼンチンやブラジルの大豆の生産量は1995年頃に比べると現在は5倍にも増加しています。増加分は中国やヨーロッパに輸出されています。農家の方は感覚が分かると思いますが、10年や20年で生産量が5倍にもなるということはすごいことです。これは遺伝子組換え技術を活用したからこそできることです。なお、この間、日本のコメの生産量は変化していません。

少なくともしばらくの間は、農産物輸出国と良好な関係を維持することなしには、現在の生活水準を維持することができません。しかし、卑屈になる必要は全くありません。一方的な依存関係ではなく、いかに相互的な依存関係を築くのかということがポイントです。


【人口問題は食料問題】
日本の人口は2004年をピークに減少していくだろうと言われていますが、世界全体でみれば今後も増加していくと思われ、2055年には約92億人(現在より23億人の増加)になっていると推計されています。
特に中国とインドにおける人口増加がめざましいでしょう。インドの人口はピーク時には16億人になると言われていますが、このとき日本は9千万人である見通しです。
ロシアは日本と同じような人口の推移をたどると予想されていますが、ロシアには豊富な天然資源があるという強みがあります。


【日本はどうしたらよいか】
日本人の良さとして感性の繊細さがありますが、このような問題に対しても感性で話をしてはいないでしょうか。現状を冷静に見なければいけません。
人口問題は食料問題と密接に関係があります。世界のすう勢とは逆に減少していく人口の中で、日本はどのような役割を担っていくべきかを考える必要があります。
世界が日本にかけている期待には、日本の知的資産の活用と貢献があると思います。食料問題については現状を冷静に見つめて議論をしていかないと、子供や孫の世代になったとき、あってはならないことになってしまう可能性もあるのです。


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今回のお話を聞いて、遺伝子組換え作物に関しては、安全性や生物多様性への影響などの科学的な議論だけではなく、社会科学的な視点も忘れてはいけないことに改めて気づきました。
本シンポジウムの傍聴記録として、別の演者の方のお話もまた後日ご紹介する予定です。