日本学術会議のシンポジウムで聞いた「世界における遺伝子組換え作物の現状」

先日に引き続き、日本学術会議によるシンポジウム「遺伝子組換え作物とその利用に向けて」の傍聴記録です。

今回は、筑波大学生命環境科学研究科の鎌田博氏による、各国の遺伝子組換え作物の現状に関するお話です。ここでは特に、中国とインド、シンガポール、イギリス、日本についてご紹介したいと思います。


☆世界における遺伝子組換え作物の現状と社会受容に向けた取り組み(筑波大学生命環境科学研究科・遺伝子実験センター、鎌田博氏)

遺伝子組換え作物は1996年に商業栽培を開始して以来、年々世界全体での栽培面積と栽培国が増加し、2008年には1億2500万ヘクタール、25ヶ国で栽培されました。
この理由は、遺伝子組換え作物は農家にとって農薬使用量の減少や収量の増加といったメリットがあるからです。

しかし、遺伝子組換え技術の食品への利用は多くの消費者が不安に思っていることも事実です。このため各国は遺伝子組換え技術の社会的受容に向けた活動を行っています。
こうした状況の中で、2008年より二年間、各国における遺伝子組換え技術の国民の理解に関する調査を行いました。


【中国】
中国は国として遺伝子組換え作物の開発に多大な投資をしており、積極的に進めています。
害虫耐性のあるワタの商業栽培が既に行われており、そのほかにもパパイヤやピーマン、ポプラ、トウモロコシ、トマトなどの栽培が認められています。
中国には貴重な野生動植物がたくさん生育していることから、環境への影響を含めた安全性に関する法体制が確立しています。しかし、外からはその審査状況や中身がほとんど見えないという問題点があります。
社会的受容に関しては、マスメディアを中心に情報提供や意見交換が活発に行われていますが、現在は「いかによい作物を作るか」「その経済効果はいかほどか」ということの方に注目が集まっています。


【インド】
中国と同じくインドも害虫耐性ワタの商業栽培を行っており、新たな遺伝子組換え作物の開発にも意欲的です。
そのひとつが害虫耐性ナスです。「なぜナスなのか?」ということですが、東南アジア各国では、安価なナスは小規模農家でも栽培できますが、一年を通して害虫が発生しやすいという問題点があります。この害虫を防御するために農薬を散布するのですが、栽培期間中に最大で120回も散布するということで、農薬代がかかってしまうのです。
インドは経済発展途上であり人口の爆発的増加が進んでいることから、国民の多くは遺伝子組換え技術の経済的側面に関心があるようです。
なお、インドは、アフリカへの遺伝子組換え技術の支援や人材育成にも取り組んでいます。


シンガポール
シンガポールは自国で遺伝子組換え作物を栽培していませんが、輸入は行っています。この点は日本と似ています。
遺伝子組換え作物の食品としての安全性や環境への影響評価は国内法で管理されています。ただし、カルタヘナ条約には締約していません。
シンガポールは高等教育がしっかりと行われており、国民の科学的知識や理解度が高く、遺伝子組換え技術に対する目立った反対運動は見受けられません。
興味深いことは、遺伝子組換え技術に関する間違った情報がマスメディアから発信された際には、GMACという国の組織がクレームを出すという仕組みがあることです。GMACは、マスメディアや消費者、教育関係者向けの遺伝子組換え技術に関する情報パッケージ(パンフレットなどの資料)を作成しており、ウェブ上で掲載しています。


【イギリス】
EUは遺伝子組換え作物に対する各国の対応は必ずしも一致しているというわけではありません。
イギリス政府は最近、もしアメリカからの遺伝子組換えトウモロコシの輸入を止めた場合、国内の畜産業がどのような影響を受けるかをシュミレーションしました。結果によると、この場合、畜産業は壊滅的なダメージを受けるということで、国としてはアメリカからの輸入を積極的に行うとの結論を出しています。
社会的受容に関しては、飼料としての遺伝子組換え作物の利用は認めるが、食品としての利用については多くの消費者はネガティブであるという点が特徴的です。実際には、油などには遺伝子組換え作物が広く用いられています。
イギリスの科学館で、遺伝子組換え作物に関する特別展示が行われました。見学者は遺伝子組換え作物に関する多様な情報(反対意見も含めた)を見ていき、最後にテレビモニター上で遺伝子組換え作物を受け入れるかどうかを回答するという流れになっていました。見学した時点では、「遺伝子組換え作物を食べてもよい」という回答は半数を超えていました。これは一般的なアンケート結果と比べるとかなり高い数字で、こうした企画は情報提供として効果的であると感じました。


【日本】
日本における遺伝子組換え作物の現状については、日本学術会議による提言「我が国における遺伝子組換え植物研究とその実用化に関する現状と問題点」にまとめられています。
社会的受容に向けた取り組みとしては国や多様な組織、団体などで個別に行われていますが、互いに連携する体制がまだ不十分です。
また、学校教育、特に家庭科や社会科の授業などにおいては遺伝子組換え技術に関してどちらかというと否定的な教育がなされています。さらに、食のリスクの考え方もあまり理解されておらず、社会的受容のための活動を見直す必要があると思います。
現在動いている活動としては、食品安全委員会が食の安全性に関する副読本を作成中で、来年配布する予定です。