食の安全研究センター「食と科学-リスクコミュニケーションのありかた-」

9月7日、東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センターによる講演会「食と科学-リスクコミュニケーションのありかた-」が開催されました。

本講演会では、欧州食品安全機関(EFSA*1)においてリスクコミュニケーション(*2)を担当しておられたイレーネ・ファン・ヘーステーヤコブ氏と、EFSAで遺伝子組換え作物の生態学的影響に関するアドバイザーをしているスー・ハートリー氏による講演、そして、食に関わる各ステークホルダーをまじえたパネルディスカッションが提供されました。
*1:EFSAは、EUでの食品安全に関する法律の立案などに際して、科学的なアドバイスや情報収集、技術サポートなどを提供する、リスク評価機関です。日本では、食品安全委員会が同様の役割を担っています。
*2:リスクコミュニケーションとは、行政や消費者、生産者、事業者などが、それぞれの立場から、あるテーマのリスクについて相互に情報や意見を交換すること。日本の食品安全行政においてもリスクコミュニケーションが行われています。


今回はイレーネ氏の講演から、ヨーロッパでのリスクコミュニケーションの状況についてご紹介しようと思います。


☆ヨーロッパの理想的なリスクコミュニケーション(トゥエンテ大学、イレーネ・ファン・ヘーステーヤコブ氏)

リスクを扱う上で政府がやるべきことは、主に三つあります。一つ目はリスクの認識と調査、二つ目はリスクの低減、三つ目は国民への情報提供と教育、つまりリスクコミュニケーションです。


【以前のEUの状況】
以前のEUは、消費者の権利よりも経済的な影響を重視していました。1987年に欧州消費者組織が消費者の権利を容認したのですが、これは机上の空論に過ぎないものでした。

近年になって、BSEやクローン羊など食品をめぐる問題が出てきました。
1999年にはベルギーにおいて、たまごや鶏肉のダイオキシン汚染が起こりました。このときに感染源の特定に何ヵ月もかかり、その中で市民の政府への信用は低下していきました。市民の信頼が低下した理由として、真実の隠ぺい、透明性の欠如、市民の不安の声に真剣に対応しなかった、食品安全に関する矛盾したアドバイス、ということが挙げられます。


【今のEUの状況】
市民の信頼を回復するためには、次の三つが必要となります。
(1)専門性を持っていること
(2)公開性と透明性を持っていること
(3)市民の懸念を把握し共感すること


2002年にEUは、消費者保護を目的とした新しい食品安全政策を始めました。
この政策において、リスク管理とリスク評価は明確に分離されています。リスク評価はあくまで科学的な評価であって、実行可能性や費用対効果など様々な要因も考え合わせて政策を決定するリスク管理とは独立したものです。

同年にリスク評価を行う欧州食品安全機関(EFSA)が設立されました。(ちなみに、日本のリスク評価機関である食品安全委員会の設立は2003年です。)
EFSAは、食品安全に関する法律や政策の立案に向けて、科学的なアドバイスをする、情報収集をサポートするといった役割があります。それをもとにEU理事会が意思決定を行います。

EFSAは、上で挙げた「市民の信頼を回復するため」の三つの項目を満たしています。EFSAのメンバーは科学的な実績や関連分野の専門性に基づいて選ばれ、彼らによる業務は公開性と透明性を保っています。そして、リスクコミュニケーションにも力を入れています。


【EFSAのリスクコミュニケーション】
EFSAは、食品のリスクに対する消費者の意識を理解し、科学的情報と消費者の間のギャップを埋めることをコミュニケーションの目標としています。

ただし、EFSAがコミュニケーションの直接の対象とするのは市民ではありません。市民にとってEUの機関であるEFSAはとても遠い存在です。市民が信頼するのはそれぞれが生活を送る地元の機関なのです。
そのため、EFSAは、市民に大きな影響力を持つ組織や人(メディアを含む)をコミュニケーションの相手にしており、彼らを通した市民への波及効果をねらっています。

情報発信をする際には、「一貫性を持たせること」が大切です。
EUとひとくくりにして言いますが、各国には文化や食習慣の違いがあります。どのリスクに関心があるのかも国によって異なります。例えば、ギリシャやイタリアは農薬、チェコルクセンブルクバクテリア汚染、オーストリアは遺伝子組換え作物にもっとも関心があるというように、バラバラなのです。
そうした問題に対応するために、各国のコミュニケーション責任者による会議を定期的に開催し、リスクコミュニケーションに関する情報交換を行っています。また、EFSAでプレスリリースを出す前には、各国のコミュニケーション責任者にチェックしてもらい、もっとも一般的なコメントを出すようにしています。
こうした取り組みにより、一貫性のあるメッセージの発信が可能になります。

EFSAでは、市民の懸念を把握するために、消費者意識調査(Eurobarometer)を行っています。第一回目は2005〜2006年に行われ、第二回目の調査結果は2010年の終わり頃に公開される予定です。
この調査結果によると、「深刻な食品のリスクが見つかったとき、そのリスクに関する情報入手先として、誰を一番信用するか?」という質問に対して、もっとも多かった回答は消費者団体、そしてかかりつけの医師(どちらも32%)でした。その後に、科学者(30%)、公的機関(20%)、メディア(17%)が続きました。


【今後の予定】
EFSAが設立されて以来、ヨーロッパでは目立った食糧危機やパニックは起こっていません。EFSAとEU各国でのリスクコミュニケーションの連携がうまくいっており、各国でもリスクに関する情報公開が進んでいます。
今後の予定としては、2010年のEurobarometerの結果の公開と、2011年のローマにおけるリスクコミュニケーション会議が控えています。