消費者庁食品安全セミナー「農薬について、知りたいこと、伝えたいこと」

2月8日、消費者庁による食品安全セミナー「農薬について、知りたいこと、伝えたいこと」が開催されました。
当日は、農薬のリスク管理手法や生産現場の様子、有機農業に関する講演とディスカッションがありました。


☆「農薬のリスク管理はどのように行われているのか」(財団法人残留農薬研究所理事、加藤保博氏)
【農薬の残留基準値の決め方】
この世の中に絶対安全という食品はありません。そのため、リスク分析では、リスクを最小にコントロールするために、未然にリスクの程度を評価し制御するということを行っています。

リスクの大きさは毒性と摂取量によって決まります。
摂取量が少ないほど毒性は現れにくくなります。そして、毒性が現れなくなる量があり、それを無毒性量といいます。
ところが、遺伝毒性のある発がん性物質は摂取量が少なくても毒性が現れる可能性が残ります。そうした物質は農薬として登録できません。

農薬のリスク分析では、一日摂取許容量(ADI)が設定されます。ADIとは、「ヒトが一生涯にわたって摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される量」です。
ADIを設定するためにまず、無毒性量を求めます。これは、各種の動物(マウス、ラット、ウサギ、イヌなど)で行った数々の毒性試験において、何ら有害作用が認められなかった最小の量です。
そして、無毒性量に安全係数をかけたものがADIとなります。一般的な安全係数は1/100(実験動物とヒトの種差として1/10、個人差として1/10)を採用しています。
農薬の残留基準値はADIの80%内におさまるように定められています。


【農薬に関する規則】
農薬に関しては、農林水産省農薬取締法と、厚生労働省食品衛生法の二つが規則の柱となっています。

農薬取締法により、国に登録された農薬だけが、製造、輸入、販売、使用することができます。登録の有効期限は三年です。登録の際には、薬効や品質などのほか、安全性(農薬使用者の安全、消費者の安全、環境の安全)が審査されます。
また、この法律により、登録される農薬には使用基準が定められます。使用基準のなかには罰則を伴う項目もあります。使用作物や使用量、使用時期、総使用回数です。これらは全て作物への残留量に影響するものです。

それに対して食品衛生法では、残留基準値を定めています。
残留基準値は、農薬と作物の組み合わせに個別に定められます。中には個別の残留基準値がない組み合わせもあり、そうしたものに関しては0.01ppmという一律基準値を適用しています。
0.01ppmとは、家庭用のお風呂にだしの素を一粒入れたときのだしの素の濃度と同程度という、非常に厳しい基準値です。


【一日にどれだけの残留農薬を摂取しているか】
厚生労働省は平成3年より毎年、一日にどれだけの残留農薬を摂取しているかをマーケットバスケット方式で調査しています。この方式は次のような順番で進めます。
(1)14の各食品群から代表的な食材を複数選んでスーパーなどで購入する(例:「砂糖・菓子類」という食品群では「まんじゅう、ケーキ、砂糖、プリン」が代表的な食材)。
(2)調理が必要なものは、通常の方法で調理する。
(3)それらを全国12地域別の食品摂取量に対応する比率で分ける。
(4)食品群ごとに混ぜ合わせ、農薬の残留量を分析する。
(5)全食品群の残留量を足し合わせる。これが一日あたりの農薬摂取量となる。

平成17〜20年度の調査結果によると、検出した28農薬の濃度はADIの2.94%でした。このレベルは、国民が一生涯にわたって毎日摂取したとしても、残留農薬により健康に影響を生じる恐れはないと考えられるものです。


☆「生産現場からの報告」(全国農業協同組合連合会肥料農薬部次長、上園孝雄氏)
【農薬の歴史】
農薬のコンセプトは時代とともに変わってきました。
1960年代は効果重視であったのが、公害問題が出てきた1970年頃からは安全性重視になり安全性に関する試験が強化されました。また、1990年代からは環境調和が重視されています。
生産量は1970年代前半の75万トン/年がピークで、以降生産量は少なくなり現在は25万トン/年程度です。


【作物の防除のために】
作物を病気・害虫・雑草の害から守ることを防除といいます。
栽培の各段階で問題となる病気・害虫・雑草は異なります。例えば水稲がかかる病気でいうと、播種のときにはばか苗病、苗立枯病、苗立枯細菌病が、育苗のときには苗いもち病、籾枯細菌病、褐条病が、移植のときには葉いもち病、紋枯病、ごま葉枯病が・・といった具合です。

誤解をおそれずに言えば、作物は自然に元々あるものではありません。元々あるものに比べるとひ弱なので生産者が守らなければいけないのです。
そうした前提をもとに、生産者は様々な工夫をしています。肥料を活用して土づくりを行い、防虫ネットや粘着紙といった多様な資材、そして農薬を使います。


【農薬の選び方】
全農で取り扱っている化学合成の農薬は約1,600種類あります。生産者はこの中からどのように農薬を選んでいるのでしょうか?

選ぶポイントには次のようなことがあります。
・発生する病気、害虫、雑草の種類
・散布する時期、収穫までの期間
・散布する濃度、回数
・散布方法、散布器具

生産者は地域の栽培方法や病害虫の発生動向、気象などを熟知しておく必要があるのです。
そのために、全農では防除暦を作成しています。防除暦とは、それぞれの地域での栽培方法を作物別に解説したものです。こうしたサービスは海外にはありません。


☆「有機農業とは何か‐農薬の功罪‐」(恵泉女学園大学人間社会学部教授、澤登早苗氏)
有機農業とは】
2000年に有機JAS法が施行されました。
この法律により、有機」や「オーガニック」と名前をつけて作物や加工食品を販売するときは必ず有機JASマークを付けることになっています。違反した場合には罰則があります。

有機JASマークを付けるためには、有機JAS規格に沿った栽培や生産が行われ、また、そうしたことが認定機関により認定されることが必要です。
有機JAS規格では、化学的に合成された肥料と農薬、遺伝子組換え技術を使用しないことが基本となっています。
使用可能な肥料と農薬はリストとして整理されています。また、多年生作物の場合は収穫前三年以上、一年生作物は種まき前二年以上、土地に化学合成の肥料と農薬を用いることができません。


有機農業の現場】
考え方としては、化学的に合成された肥料や農薬を使用しないというより、肥料や農薬がいらない農業を行うことです。
基本は土づくりです。化学性(栄養がある)、物理性(根が伸びやすい)、生物性(色々な生物種がいる)に優れている土を作ります。こうした健康な土には健康な植物が育ち、病気や害虫に対する抵抗性も高まります。森林土壌をお手本にし、地域にある植物性を中心とした有機物資源(米ぬか、落葉、野菜くず、雑草など)を堆肥として活用しています。
病害虫から作物を守るためには、混作やコンパニオンプランツ(*)、輪作などを行ったり、防虫ネットを活用しています。
*相性がいい組み合わせの作物同士を植えること

有機農業では、多様ないのちが育まれる環境、農を大切にする社会、持続可能な社会の構築を目指しています。
有機農業で生産されたものを食べることは、有機農業が有する多面的な機能を維持し、将来に持続可能な環境を残すことに繋がります。


☆パネルディスカッション
基調講演の演者三名と、全国消費者団体連絡会事務局長の阿南久氏、コープネット事業連合品質保証本部本部長代理の太田憲治氏、食生活ジャーナリストの唐沢耕氏(コーディネーター)によるパネルディスカッションが行われました。
ディスカッション中でのパネリストの発言をかいつまんでご紹介します。

・(澤登氏)生産者の負担は段々と上がってきており、働いても利益が上がらないということになっています。野菜や果物は外観重視であることが多いので、そこの理解を変えていくようなことを行わなければならないと思います。例えば、贈答用には整ったものを、普段用には少しくらい傷がついていても構わないといったようなことです。

・(太田氏)消費者が残留農薬について不安に思われている原因を取り除くために、基準値違反が見つかったときのマスコミの伝え方(「基準値の○○倍超過」など)を変えていかなければならないと思います。たとえ基準値違反であってもADIからみたら数%に過ぎないことがほとんどなのです。
「何kg食べなければADIを超えない」や「体重20kgの子供ならどうか」といった伝え方を丁寧にやっていきたいと思います。

・(上園氏)全農でもこうした情報を多くの人と共有することが大切だと思いました。たまに新聞に農薬のことが出たと思ったらネガティブなことばかりなので、メリットも伝えてもらいたいです。

・(阿南氏)マスコミから誤解を生むような情報が出た場合は、機敏に的確な情報を出してほしいです。そうした情報は流通からはよく出ていると思いますが、生産者側もぜひお願いします。
また、消費者は情報をうのみにするのではなく、冷静に行動することが何より大切です。