食品安全委員会(第372回)‐放射性物質の指標値に関する食品健康影響評価(1)‐

3月23日、第372回の食品安全委員会が行われました。
厚生労働省から3月20日放射性物質の指標値に関する食品健康影響評価(リスク評価)の依頼があり、今回はそれに関する二回目の会合です(*1)。
*1:一回目の会合の配布資料はこちらで公開されています。


福島県原子力発電所から放射性物質が放出されたことにともなって、いくつかの農作物や原乳から「暫定」規制値を超える放射性ヨウ素あるいはセシウムが検出されています。
「暫定」規制値は、原子力安全委員会により示された「飲食物摂取制限に関する指標」をもとに厚生労働省が定めたものです。また、原子力安全委員会の指標は国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告をもとにしています。
本来は日本でこのような規制値を定める際には、食品安全基本法に基づき、食品安全委員会がリスク評価をすることになっています。しかし、今回は緊急を要することでしたので、取り急ぎ信頼できる値を「暫定」規制値とし、追って緊急で食品安全委員会で評価する、という順序になりました。この評価が終えれば、「暫定」規制値ではなく規制値によって食品の管理がなされることになります。

議論のために、7名の委員のほか、10名の専門委員と4名の専門参考人が集まりました(*2)。
*2: 食品安全委員会で行われるリスク評価は、そのテーマに精通した専門家が集められます。


委員会の配布資料はこちらで見ることができます(一部机上配布のみのものもあります)。

今回決まったポイントは次の三点です。
緊急(数週間)で結果をとりまとめるため、
●国際放射線防護委員会(ICRP)の値を基本とする。
●評価対象とする核種はヨウ素セシウム
●できる範囲で摂取量のデータを参考にする。

次回の開催は3月25日、その次は3月27日の予定です。


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●傍聴記録
食品安全委員会から資料の説明】
資料1〜4、参考資料1および2について坂本評価課長から説明がありました。
内容は主に、現在適用されている暫定規制値について、厚生労働省からの報道発表資料について、原子力安全委員会の飲食物摂取制限に関する指標についてです。


【滝澤行雄専門参考人の講演】
秋田大学名誉教授の滝澤行雄氏から資料13「放射性物質と食品の安全について」に沿った講演がありました。

チェルノブイリ事故の教訓>
1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故では、セシウム137が大量に放出された。このとき被ばくした市民の体内のセシウム137を、その後四年半調査した結果によると、約一年後に最大値(男性1,200Bq、女性800Bq)に達し、三年後には無視できる程度に減少していた。
また、事故が起こったときに発電所からどのくらいの距離があったかで、平均線量が異なった。発電所から3-7kmでは54rem(*3)、7-10kmでは45rem、10-15kmでは35remであったのが、15-20kmでは5remと大きく下がった。このことが避難距離30kmの目安になっている。
*3:人への影響を表す古い単位。1rem=0.01Sv。

チェルノブイリ事故の教訓として、セシウムの重要性(セシウムが放出されなければ事故による影響は一年以内に終わっていたであろう)、避難の有効性、降雨による放射能沈着などが挙げられる。

<日本における暫定基準>
今回の事故に関しては、厚生労働省が、原子力安全委員会が定めた防災指針の指標値を食品衛生法に基づく暫定的な規制値とし、これを上回る食品については食用に供されることのないように対処することという通達が先日(3月17日)出された。
この暫定規制値では、放射性ヨウ素は飲料水および牛乳・乳製品では300Bq/kg、野菜(根菜と芋類をのぞく)では2000Bq/kg。放射性セシウムは飲料水および牛乳・乳製品では200Bq/kg、野菜(根菜と芋類をのぞく)と穀類、肉、卵、魚などでは500Bq/kgとなっている。

<緊急モニタリングの結果>
3月18日に採取した茨城県内7市町村のホウレンソウとネギの放射性ヨウ素およびセシウムを緊急でモニタリングした結果によると、ネギは全て暫定規制値以下だった(最高値:放射性ヨウ素686Bq/kg、放射性セシウム8Bq/kg、平均値:放射性ヨウ素461.2Bq/kg、放射性セシウム6.3Bq/kg)。ホウレンソウは規制値を超えているものがあった(最高値:放射性ヨウ素15,020Bq/kg、放射性セシウム524Bq/kg、平均値:放射性ヨウ素10,451.7Bq/kg、放射性セシウム359.7Bq/kg)。
また、福島県伊達郡川俣町では原乳のモニタリングを3月16〜18日に各日一回ずつ合計三回行った。この結果によると、ヨウ素131は1,190Bq/l(一回目)、1,510 Bq/l(二回目)、932 Bq/l(三回目)であった。セシウム137は一回目で18.4 Bq/lだったが、以降は検出しなかった。セシウム134は全ての回で検出しなかった。
ヨウ素は大気中を飛散しやすいという特徴がある。

放射性物質の陸上での移行経路>
大気中に放出された放射性物質は比較的短期間に地表面に沈着する。ある研究によると、ストロンチウム90とセシウム137の総沈着量の約9割が雨によるものだとされている。
事故後の最初の期間では植物表面に沈着したものが多いが、長期間においては根を経由した汚染が主となる。また、根からだけでなく、植物は表面に沈着した放射性物質の一部を吸収することもある。
動物では、食物連鎖が人間への主な経路となっている。

<食品摂取による内部被ばく>
食品を通じてどれだけの放射性物質が人の体内に入るのかを推定する際には、食品摂取量がポイントとなる。全食品の約61%が農作物、24%が畜産物、12%が水産物を占めるものとし、日本人の平均的な摂取量、摂取量の経年変化、国内の地域特性などを考え合わせる。

<食品の除染>
汚染した食品を食べなくてはならない状況になったときのために、食品からの放射能除去について膨大なデータが世界で集められている。
例えば、ホウレンロウやシュンギクなどの葉菜は煮沸(アク抜き)でセシウム137、ヨウ素131、ルテニウム106の50〜80%を除去できる。畜産物では、牛乳のセシウム137、ヨウ素131、ストロンチウム90の80%が脱脂乳に移り、精製したバターに移るのは1〜4%だ。また、凍結した肉を解凍し4〜5時間食塩水処理をすると90〜95%のセシウム137を除去できる。

放射線によるリスク>
もともと放射線は大地や宇宙から出ているので、普通に生活を送っていても被ばくをしている。地域差は大きく、日本は大地放射線と宇宙放射線を合わせて0.65mSv/年と比較的少ない方だ。ブラジルのある地域は年間に175mSvという高い放射線レベルが観察されているが、それでもその他の地域と比べて特別な健康影響は見られない。
また、医療においても放射線被ばくを受けている。例えば、頭部CTは一回で46mSvだ。
大阪大学名誉教授の近藤宗平氏は、放射線は年間50mSv以下なら浴びても安全だとしている。
チェルノブイリ事故によってポーランドでは事故の二日後に通常の約50万倍の放射能が環境中に検出された。その際に政府からヨード剤が1,850万人に配布された。しかし、その後の再評価によると、ヨード剤を服用しなかった人たちの甲状腺被ばく線量は50mSvであり、このレベルでは甲状腺腫瘍の誘発率はゼロであることが医学的研究で明らかになった。

<質疑応答(一部抜粋)>
●(中川専門参考人)医療の現場では100mSvの蓄積で発がんのリスクが0.5%増加すると言われている。
ところで今回モニタリングされた原乳の飼料は輸入のものか?
→(滝澤氏)ほとんどはアメリカやカナダからのものを使っているが、あまりはっきりしていない。
→(中川氏)それは重要なことだと思うので知りたい。

●(村田委員)チェルノブイリ事故後の四年半に渡る調査で、およそ一年後に体内摂取量のピークがきているのはなぜか?
→(滝澤氏)一年くらいかけて生物濃縮などにより体内に取り込む。その後は減少し三年後には無視できるくらいになった。

●(小泉委員長)バセドウ病の治療は5mSv程度のヨウ素を使うらしい。これは女性に多い病気で、おそらく妊娠に気付かずに治療をしたという人もいるだろう。その場合、生まれてくる子どもに奇形が生じるということはあるか?
→(中川氏)ない。20〜30mSv以下は安全であろうとされている(妊婦に対して)。
日本とチェルノブイリ事故では大きく異なる点がある。ヨウ素は主に海藻から摂取するが、チェルノブイリには海藻がなく、住民の体は常にヨウ素を欲しがっている状態にあった。それに対して日本は海藻をよく食べ普段からヨウ素をたくさん摂取しているので、チェルノブイリの時のようには体内に取り込まないであろう。
チェルノブイリ事故で小児の甲状腺がんが増えたということから、東京にいても放射線を測ってくれと言われ病院はてんてこ舞いになっている。五日前からツイッターで関連の情報発信をしている(*4)。
*4:こちらで見ることができます。

●(鰐淵専門委員)セシウム半減期は30年だが、どのくらいの線量で曝露されるなら大丈夫か?
→(中川氏)もうひとつ大切なのは、生物学的半減期だ(セシウムは100日)。わずかなDNA切断であれば酵素が修復できる。ゆっくりのペースの被ばくは、急な被ばくよりも影響は小さい。
→(鰐淵氏)セシウムは土壌に残る。それを何らかの理由で体内に取り入れていく可能性もある。低濃度であっても長い期間取り込み続けたらどうなるのかを知りたい。
→(滝澤氏)そういった疫学的データはないと思う。例えば、原材料にセシウムが含まれていても、それからパンにするまでの間に濃度は変わっていくので、環境中の濃度を知ることはできるが、実際に摂取した濃度は分からない。


食品安全委員会からの資料の説明】
資料5〜12について坂本評価課長から説明がありました。
内容は主に、管理側からの参考として、女性や胎児への影響についてです。

<質疑応答および議論(一部抜粋)>
●(寺尾専門参考人)評価の対象とするのはヨウ素131、セシウム137、セシウム134か?
→(小泉氏)今回は非常に時間が限られている。どの核種を重点とするのかご意見をお聞きしたい。
→(滝澤氏)飛散するヨウ素、蓄積するセシウム、それからストロンチウムかと思う。
→(杉山専門参考人)分析できる能力が国内にはあまりない。ストロンチウムは二週間くらいかかってしまい難しいので、ヨウ素セシウムのみがいいと思う。
→(遠山専門委員)ヨウ素セシウムをやれば安全を確保できるか?
→(滝澤氏)体内被ばくで問題になるのは主にセシウム。そして短期的にはヨウ素も。合理的にはヨウ素セシウム
→(小泉氏)その他の核種については実際にどの程度放出しているのかのデータを集め、後で丁寧に評価するときに用いたい。

●(遠山氏)エンドポイントは急性影響ではなくて、将来生まれてくる子どもへの影響も考えるのか?
→(小泉氏)現在はチェルノブイリ事故の例を参考にしながらやるしかない。一週間かそこらでどこまでカバーできるだろうか。一生の影響を見るには疫学データが必要だ。

●(寺尾氏)国際放射線防護委員会(ICRP)の数値は脇においてやるか、それを前提としてやるか?私は前提とすべきだと思う。ICRPは世界の著名な研究者が何人も集まって丁寧に議論をした結果であり、それを前提とせずに数週間で最初から評価するのは難しい。
→(小泉氏)日本人の食品摂取量と違いはないだろうか?
→(杉山氏)例えば、ホウレンソウは一日20g程度摂取している。こうした摂取量のリストはあるので、個々の野菜で値を決めていくと、もっとぐっと緩い数値になるのではと思う。
→(遠山氏)まずはICRPの値を前提として評価し、日本人の摂取量を考え合わせるとどの程度で影響が出てくるのかを考えればいいと思う。

●(遠山氏)これはリスク評価というよりリスクコミュニケーションの問題だが、「測定しなければ分からない」という言い方をされると「もしかしたら含まれるかもしれない」と不安になってしまう。放射性物質が検出されなかった作物に関しては「検出しなかった」としっかりと言っていかなければいけない。