食品総合研究所緊急シンポジウム「放射性物質の食品影響と今後の対応」

4月18日、食品総合研究所による緊急シンポジウム「放射性物質の食品影響と今後の対応」が開催されました。

当日は1,000名以上の参加希望者がおり、定員を超えていたそうです。参加者はおもに食品企業だとのことで、業界での注目度の高さをうかがい知ることができます。
今回は、シンポジウムで講演された日本原子力研究開発機構小林泰彦氏と、秋田大学名誉教授の滝澤行雄氏のお話、パネルディスカッションの内容をかいつまんでご紹介したいと思います。

なお、当日の資料はこちらに掲載されています。


☆「放射性物質の基礎を学ぶ」(日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門、小林泰彦氏)

放射線放射能は自然界の一部としてあります。
放射性物質は時間とともに減っていきます。半減期は、カリウム40は13億年、ウラン238は45億年と非常に長く、地球誕生前からある放射性物質が今でも天然に存在しています。
また、太陽や銀河系から届く宇宙線は大気にあたって放射性物質をつくります。最近よく見聞きする、ニューヨーク・東京間の飛行で何シーベルトの被ばく、という例はこうしたことがあるからです。

【いろいろな単位】
ベクレル(Bq)は放射能の強さを表す単位です。放射能放射線を出す能力です。
シーベルト(Sv)は放射線を浴びたときの人体への影響度を表す単位です。
あまり聞かないかもしれませんが、グレイ(Gy)という単位もあります。これは放射線を浴びたときに物体が吸収した量を表します。1Svはほぼ1Gyとして捉えることができます。
放射線放射能という言葉の違いなどについて、非常に分かりやすいポスター(*1)がありますので、ご紹介します。これは避難所である体育館に掲示してもらうものだそうで、いいなと思いました。
*1:東北大学特任准教授の長神風二氏が作成。

【自然の放射能
食品にはもともとカリウム40などの自然の放射性物質が含まれています。例えば、米には30Bq/kg、牛肉には100Bq/kg、干し昆布には2000Bq/kgの放射能があります。私たちは平均して一年間に0.24mSvを食品から被ばくしていると言われています。
カリウム40だから安全で、セシウムだから危ないということはありません。言い換えると、自然の放射能は安全で、人工のものは危ないということはないのです。安全かどうかは放射線の量、つまり、体の中の細胞が傷つく度合いによります。

自然放射能の量は地域によって違いますが、世界的に核実験が盛んだった1960年代は、日本の大気中においても今回の濃度よりもずっと高濃度で放射性物質が検出されていました。

放射線による健康影響】
放射線による健康影響には、確定的影響と確率的影響という二種類があります。
確定的影響は急性障害のことで、吐き気や脱毛、貧血などがあります。こうした症状はしきい値以下では起きません。
確率的影響は発がんリスクの増加のことです。どんなわずかな線量であってもそれなりにリスクは増加するとし、しきい値がないと仮定されています。ただし、原爆被爆者のデータなどからは、100mSv以下(*2)では発がんリスクの増加は検出されていません。本当にどんなに微量な放射線でも有害かは疫学調査でも分かっていないのです。また、低線量の放射線を長期間被ばくした場合、むしろがん死亡率が低下すると言われることもあります(ホルミシス効果)。
*2:200mSv以下という人もいるそうです。

チェルノブイリ20年後の結論】
チェルノブイリ事故で作業にあたった消防士ら134人に急性障害が起こり、3ヶ月以内に28人が死亡、その後20年間に19人が死亡しました(2人は自殺)。
また、リスクを知らされずに放射性ヨウ素で汚染されたミルクを飲み続けた子どもの中から、通常の10倍の頻度で甲状腺がんが発生しました。その多くは手術で治り、20年間の死亡患者は9〜15人でした。大人はミルクを飲んでも健康影響はありませんでした。
その他の病気の増加はありませんでした。
もっとも深刻な被害としては、社会経済的な影響、不安ストレスの増加、不必要な妊娠中絶の増加が挙げられます。


☆「食品を通じた放射線の健康影響‐これまでの知見と今後の対応‐」(秋田大学名誉教授、滝澤行雄氏)

(注:滝澤氏は食品安全委員会で専門参考人として発表をしています。その時の傍聴記録はこちらです。今回はそちらの発表と重複する部分は省略していることがありますので、より詳しく知りたい場合はあわせてご覧ください。)

【放射性核種の移行経路】
大気中に放出された放射性核種は雨などにより植物に沈着し、長期的には根を通して植物内部にも取り込まれます。
動物では食物連鎖を通じて放射性核種が移行します。

食品摂取による内部被ばくの寄与率は、セシウム134、137でおよそ9割を占め、内部被ばくではセシウムが問題となることが分かります。
放射線被ばくに係る最大級のものがチェルノブイリ事故です。ブタペストの成人市民のセシウム137の体内摂取量の時間変化を調査した研究があります。セシウム137の物理的半減期は30年でありますが、事故後約一年後に最大値(男性1,200Bq、女性800Bq)に達し、三年後には無視できる程度に減少していました。
チェルノブイリ事故は重大な社会的心理的崩壊と経済的損失を引き起こしました。放射線に起因する子どもの甲状腺がんがおよそ1,800例ありました。その一方で、一般人での健康影響の証拠は得られておらず、また、子どもの甲状腺がん以外のがんや疾病の増加は見られませんでした。

日本では、原爆によって放射線被ばくを受けた歴史があります。NHKのテレビドラマで「夢千代日記」というものがありました。ヒロインの夢千代が母親の胎内にいたときに広島で原爆の被災を受け骨髄性白血病におかされる、というストーリーです。
しかし、二世集団の調査によると、被ばくした親から生まれた子どもにおいて白血病リスクの増加はありませんでした。原爆被災者の二世31,150人から白血病は14例ありましたが、対象となる二世(親が被ばくをしていない)41,066人からは17例あったということです。

放射線防護の基準】
国際機関であるICRPでは、「すべての被ばくは経済的社会的要因を考慮し、合理的に達成しうる限り低くおさえるべきである」という勧告を出しています。管理基準としては、公衆の年間被ばく量の限度(医療被ばくと自然放射線被ばくを除く)を1mSvにおさまるように設定しています。
日本では1986年に輸入食品の輸入可否の判断基準として、暫定限度を放射性セシウムについては370Bq/kg(全食品)、放射性ヨウ素については220Bq/l(牛乳)と7,400Bq/kg(野菜)を定めています。

今回、出荷制限の規制のもとになった飲食物に関する暫定規制値は、放射性ヨウ素は飲料水および牛乳・乳製品では300Bq/kg、野菜では2,000Bq/kg。放射性セシウムは飲料水および牛乳・乳製品では200Bq/kg、野菜と穀類、肉・卵・魚などでは500Bq/kgとなっています。

【食品からの放射能除去】
ホウレンソウやシュンギクなどの葉菜は煮沸(アク抜き)でセシウム137、ヨウ素131、ルテニウム106の50〜80%を除去できます。
畜産物では、牛乳のセシウム137、ヨウ素131、ストロンチウム90の80%が脱脂乳に移り、精製したバターに移るのは1〜4%です。
米においては、ストロンチウム90とセシウム137はもみ殻に多く、また、玄米の胚芽に集まります。なので、玄米を白米にするとストロンチウム90の70〜90%が、セシウム137の65%が除去できます。
魚においては、放射性核種は内臓に集まるので、それらを除くと大幅に放射能は減少します。また、核実験で汚染された海域で採取されたマグロの魚肉は、水洗いをすることで放射性核種の50%が除去されたというデータがあります。


☆パネルディスカッション
基調講演の演者二名と、毎日新聞生活報道部編集委員の小島正美氏、食品総合研究所放射性物質影響WG委員長の川本伸一氏、食品総合研究所放射性物質影響WG委員の等々力節子氏、順天堂大学医学部の堀口逸子氏(コーディネーター)によるパネルディスカッションが行われました。

●(会場から)個々の食品でなく、長期間に渡って色々な食品から摂取することを考えた場合でも今の規制値でいいのか?
→(滝澤氏)規制値は食品の摂取量、半減期を考え合わせて設定している。
→(等々力氏)規制値は食品群をいくつかに分けて設定しているので、ひとつの食品だけを摂取し続ける、ということを仮定したものではない。

●(会場から)汚染された原材料を使って加工食品にする場合はどうなるか?
→(滝澤氏)原材料を加工することでむしろリスクは下がる。まずは原材料についてきちっと規制値を設定することが大切。
→(小島氏)豆腐をつくるための水は水道法によって規制されている。今の規制値は食品衛生法のもとにある。そのあたりが曖昧なまま進行しており、いつか大混乱が起こるのを防ぐためにもしっかりと整備してほしい。

●(会場から)魚の体内における生物的半減期はどのようになっているか?
→(小島氏)海洋学者に取材したところ、魚種によっても違うが、エラや尿から排出され、大体50日か60日で半分になっているということだった。
→(川本氏)水産庁のホームページも見てほしい。

●(小島氏)ベクレルで規制をすると、規制値を超えたら危ない、それ以下なら大丈夫、というように捉えられてしまう。(そうした白か黒かの二分は)どの専門家に聞いても間違っているという。この考え方がなくならない限り風評被害はなくならないと思う。食品安全委員会の評価とりまとめでもシーベルトで発表をして、「これはADIの何%くらいか」を打ち出すことをやって欲しい。
→(滝澤氏)中・長期の評価では頑張ってみたい。