食品安全委員会‐放射性物質の食品健康影響評価に関するWG(第一回)‐

4月21日、食品安全委員会放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループの第一回会合が開催されました。
このワーキンググループは、既に終えた食品安全委員会の緊急とりまとめ(*1)を策定する際、議論できなかった部分を改めて議論し、リスク評価する場として立ち上げられました。
*1:福島第一原発からの放射性物質の放出にともない、食品安全委員会では、食品中の放射性物質の暫定規制値の緊急的な評価をしたところです。


今回の議論には8名の専門委員、5名の専門参考人と7名の委員が参加しました。(欠席者は、専門委員は川村孝氏、津金昌一郎氏、手島玲子氏、林真氏、村田勝敬氏、専門参考人は中川恵一氏。)
配布資料はこちらで見ることができます(一部机上配布のものもあります)。


今回の会合では、元原子力安全委員会委員長代理である松原純子専門参考人による講義が行われ、その後に質疑応答および議論が行われました。議論されたおもな点は次の通りです。
ICRPIAEAの勧告などについてあまり整理できていない。次回佐々木康人専門参考人に説明してもらう。
●評価のケースは緊急時か平常時か、遺伝毒性の発がんモデルは閾値ありか閾値なしか、どちらを考えるのかをまず議論する。
●食品だけでなく大気や土壌からも放射性物質が加算される地域もあり、それをどのように切り分けて考えるかも議論する。


***


●傍聴記録
【事務局からの説明】
食品安全委員会事務局から、資料1および資料2について説明がありました。内容は、食品中の放射性物質のリスク評価を行うことになった経緯と、ワーキンググループ設置に関する概要についてです。
ワーキンググループの座長は山添康専門委員、座長代理は佐藤洋専門委員に決定しました。


【松原純子専門参考人の講義】
松原純子専門参考人から、資料3「食品と放射線」(机上配布のみ)に関する講義がありました。

放射線の基礎知識>
放射線は光と同じ電磁波のひとつで、エネルギーをもった超微細な粒子や波動の流れです。
単位は、放射性物質にはベクレル(Bq)を、放射線にはシーベルト(Sv)を使います。放射性物質は非常に敏感な計器で測定をするので、単位についてきちんと理解していないと、「すごく大きい値だから」と不安に思われることがあります。

今回の事故はチェルノブイリ事故と同じレベル7であるとされました。
レベル7は、数万テラベクレル(TBq)(*2)以上の放射性物質の放出があった場合に分類されます。チェルノブイリ事故は520万TBq、福島第一原発の事故は63万TBqです。
*2:1テラベクレル=1兆ベクレル

事故がなくても世界中では普段から一年間に10mSv以下の被ばくを受けています。
職業人には、50mSv/年という被ばくの限度が定められています。今回は緊急時であるので、250mSvに限度が引き上げられています。

放射線による健康への影響は被ばくの量によって異なります。例えば、一度に500mSv以上の放射線を浴びると、リンパ球が減少するなどの症状が起こります。
実際に被ばくで問題となる放射性物質は、水に溶けやすいセシウム137と揮発性が高く甲状腺にたまりやすいヨウ素131です。
ウランやプルトニウムは重い元素なので、周辺に沈着し、飛散しにくいという特徴があります。そのため、これらが人間の口に入ることは考えにくいでしょう。

福島第一原発の事故について>
放射線の被ばく量は、福島第一原発を中心に同心円状に広がっているのではなく、風向きによって変わります。これはチェルノブイリ事故のセシウム137の地表沈着の形と似ています。
原発敷地内の地下水から環境基準の一万倍の濃度の放射性物質が検出されたという報道がありました。この濃度は飲用としては許されるレベルではありませんが、周囲の生態系がすべて破壊されるような濃度ではないと思われます。

<生態系における食物連鎖と生物濃縮>
一地点で汚染があると、時間をかけて次のように広がっていきます。
●大気→土壌→河川、海水→藻類、バクテリアプランクトン→小さな魚→大きな魚→人間
●大気→土壌→植物→牛、鶏→乳、卵→人間
このような連関図を描き、移行係数と濃度をインプットし、汚染がこのくらいなら人間にはこれくらい入る、という計算をします。

ヨウ素は海藻に濃縮しやすいという特徴があります。日本人のように普段から海藻をよく食べヨウ素を安定的に摂取している場合は、体内への放射性ヨウ素の濃縮が抑えられます。
一方で、セシウムは海藻や魚肉ではなく、ウニやエビに濃縮しやすくなっています。また、ストロンチウムは骨に溜まりやすいという特徴があります。

チェルノブイリ事故との比較>
今回の事故では、チェルノブイリ事故の1/10量の放射性物質が放出されています。
ただし、福島の値は放射性ヨウ素を計測したものですが、チェルノブイリは事故後に推定した値だという違いがあります。
急性影響については、チェルノブイリでは134名、日本では0名。死亡者数は、チェルノブイリでは49(+α)名、日本では0名。放出の持続期間は、チェルノブイリでは10日間、日本ではまだ継続中、といった違いがあります。
チェルノブイリ事故では子どもの甲状腺がんが1,800例ありました。治癒することが多いですが、トラブルがないというわけではありません。また、白血病やその他のがんの増加は見られませんでした。

ドイツでは、小児白血病の発生と原子力施設に関するKiKK研究が行われました。その結果によると、施設周辺で小児白血病の発生頻度が多いこともあるけれど、全ての施設周辺でそうだというわけではないということでした。
施設周辺で小児白血病が多いことがある原因のひとつとして、施設の建設に際して色々な場所から人が集まることが挙げられます。色々な場所から人が来て交流が起こると、免疫力の低い子どもに白血病が発症しやすくなる、ということです。被ばくそのものではなく、そうした交流など複数の原因があろうというのが大体の合意になっています。

<質疑応答(一部抜粋)>
●(遠山千春専門委員)メタアナリシスを行った結果、白血病が有意に増えていると主張される場合もあるので、ここでもきちんと精査する必要があるか?
→(松原氏)そうした話もあるが、もととなる論文にあたってみると信憑性が低いという結論があったと思う。

●(小泉直子委員長)一般の人は年間1mSvまで、というのは予防的観点からきているのか、実際に観察された影響を当てはめているのか?
→(佐々木康人専門参考人)年間1mSvの被ばくを生まれてから80歳になるまで受け続けた場合、一生涯で80mSvの被ばくを受けることになる。
確定的な影響は一度に1Sv(=1,000mSv)以上の被ばくで起こる。現在ではこうしたことは絶対に起こってはいけなく、そうした計画はしてはいけない。それに対して、確率的な影響は、ひとつの細胞でも傷がつけば発がんする可能性が上がるとされている。年間100mSv以上の被ばくで発がんリスクが0.5%上がるとされている。年間100mSv以下の被ばくでは、発がんリスクが上昇するという証拠はない。
年間1mSv以下の被ばくに抑えるためには、常時モニタリングをしているというわけではなく、施設周辺においてある値以下にするということで担保している。
→(遠山氏)佐々木専門参考人にも資料を作ってもらい説明してもらいたい。ICRPIAEAの文書についても整理して欲しい。

●(村田勝敬専門委員)今回議論するのは緊急時か平常時か?
→(遠山氏)それも含めて議論したい。福島の人にとっては緊急時だが、日本のあらゆる地域にとって緊急時であるとは限らない。
→(山添座長)福島の人は食品からだけでなく、大気や土壌からも被ばく量が加算されることになる。そのあたりをどのように切り分けるかも念頭に置いて議論したい。

●(圓藤吟史専門委員)チェルノブイリと日本では食生活が大きく異なるが、チェルノブイリの例をそのまま日本に当てはめていいのだろうか?
→(松原氏)日本はもともと明らかにヨウ素の摂取量が多い。チェルノブイリヨウ素の欠乏地帯であって、事故があったときの放射性ヨウ素の濃縮率は大きくなった。そういうこともあり、そのまま当てはめることはできない。


【事務局からの説明】
食品安全委員会事務局から、資料4〜7および追加資料について説明がありました。内容は主に、ワーキンググループにおける検討課題について、評価とりまとめの骨子についてです。
今回の評価では、放射性ヨウ素放射性セシウム、ウラン、プルトニウム超ウラン元素アメリシウムおよびキュリウム)のα核種について、遺伝毒性発がんのリスクや胎児への影響を含めてとりまとめを行う予定です。

<質疑応答(一部抜粋)>
●(遠山氏)発がんモデルを閾値ありにするかなしにするか、ケースを平常時にするか緊急時にするか。こうしたことをまず議論してから各論に入っていった方がいいと思う。
→(山添座長)次回佐々木専門参考人に説明してもらい、全体としてどのように進行するのかを議論する。社会的にも関心が高くなっていることもあり、できれば7月中に何らかの形で結論を示したい。次回4月28日の会合には原子炉関係の人も招き、説明をしてもらう予定だ。


***


(傍聴した感想)
前回、暫定規制値の緊急とりまとめを行う際にはわずか一週間で五回の会合を開催し、ひとまずの結論を得ました。(本来の食品安全委員会のリスク評価は少なくとも2,3ヵ月、長くて一年はかかる。)
今回はもう少し余裕があるとはいえ、「何らかの形で結論を出す」7月までに2ヵ月。食品を介した内部被ばくは国際的にも前例がほとんどなく、また、ストロンチウムに関しては今回の事故で環境中にどのくらい放出されたかもよく分かっていません。こうした状況を考えるとなかなか厳しいスケジュールであることが想像できます。
このリスク評価で特に注目されているのは、遺伝毒性の発がんモデルを「閾値あり」にするのか「閾値なし」にするのかです。これまでの食品安全委員会のリスク評価では、発がんは閾値なしを原則としてきました。たったひとつの細胞が傷ついただけでがんになる可能性があり、発がん性物質がどんなに少量でも発がんの可能性があるという仮説が「閾値なし」のモデルです。それに対して、「閾値あり」は食品添加物や農薬と同様に、ある量以下では発がんは起こらないというものです。
実際には、科学の世界では発がんモデルの「閾値なし」と「閾値あり」が論争されており、まだ決着がついていません。
放射線被ばくに関していえば、年間100mSv以下では発がんリスクが上がるという証拠はありません(リスクがないという証拠もない)。十分に安全側にたった規制を望みますが、厳しくしすぎると別のリスクの方が大きくなってしまいかねないという難しさもあります。今回のリスク評価は今後の食品安全行政の方向性を決めるひとつの伏線になっており、注目して見ていきたいと思います。