厚生労働省、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会、食中毒・乳肉水産食品合同部会(7月6日)

7月6日、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会の食中毒・乳肉水産食品合同部会が開催されました。
生食用食肉にかかわる安全性確保対策を議題とする第二回目の会合です。第一回目の傍聴記録はこちらです。

今回は、国立医薬品食品衛生研究所の春日文子氏と朝倉宏氏による規格基準案の根拠となる考え方についての説明の後、事務局から規格基準案の説明があり、質疑応答および議論が行われました。
17名の委員のほか、2名の専門参考人が参加しました。資料はこちらで公開されています。


今回のポイントは、
●規格基準案において、生食用牛肉は、腸内細菌科Enterobacteriaceaeが陰性であることとする。ここで言う陰性とは、肉塊ごとに25検体(1検体は25g)採取し、いずれにおいてもEnterobacteriaceaeが検出されないことである。
●規格基準案において、生食用牛肉は、肉の表面から10mm以上を60℃・2分間以上の加熱殺菌を必要とする。
●規格基準案は今回委員から出た意見を反映させ、食品安全委員会にリスク評価を依頼する。
●生食用牛レバーの規制については、必要な調査研究を実施した上で、遅くとも年内をめどに検討を開始したい。それまでの間は、飲食店などに対して生食用牛レバーを提供しないように周知徹底する。


<傍聴した感想>
今回の会合で生食用牛肉の規格基準案が完成し、これを基に食品安全員会にリスク評価を依頼することになりました。
この規格基準案では、肉の表面10mmまでを60℃・2分間で加熱できるような条件で加熱殺菌したものだけが生食用牛肉として認められるということになっています。つまり、中心部の火が通っていない部分を生食用に使うことができるということです。
しかし、それだけの加熱をした場合、肉の中心部にどれだけ生の部分が残るのでしょうか?肉のサイズにもよりますが、歩留まりは悪くなり、規格基準が施行されたらユッケは高級料理のひとつになることでしょう。ただし、厚生労働省のスタンスとしてはあくまでも、規格基準を守ったものでも肉を生で食べることは望ましくない、としています。
「食の安全」というと産地や添加物などが気にされがちですが、その一方ではこれだけリスクの高いものが安価に提供されていたというアンバランスさに、「この状況は誰のせいなんだ?」と考えずにはいられません。恐らく、PR足らずの行政や業界団体、テレビのグルメ番組、添加物ばかりを煽る事業者、メディアに流されやすい消費者・・多くの人が少なからずの責任を負っているのだと思います。


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●傍聴記録
【春日文子氏から資料2の発表】
参考人である国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部の春日文子氏から、資料2「生食用食肉に係る微生物規格基準案の考え方」の発表がありました。この発表は、生食用食肉の規格基準案の根拠となるものです。

<基本的なスタンス>
・規格基準を作ってからも、肉の生食は基本的に避けるべきであることを啓発する。
・牛内臓、鶏肉、豚肉の生食にも大きなリスクがあると思われ、今後詳細に検討する予定だ。

<規格基準案の考え方>
・本来、厚生労働省リスク管理措置案は、食品安全委員会のリスク評価を踏まえて作るべきものである。しかし、今回は緊急性を要するため、厚生労働省において簡略なリスク推定を行い、それにもとづいて規格基準案を提案する。その後で、食品安全委員会にリスク評価を依頼する。
・規格基準案には、コーデックス委員会で提案されている微生物のリスク管理のための「数的指標(Metrics)」を導入する。
・Metricsでは、摂食時の安全目標値であるFSOがあり、フードチェーンのより上流での目標値であるPOが定められる。

<FSOの設定>
腸管出血性大腸菌による死者数は1999〜2008年で毎年1〜9人となっている。ただし、これらは牛肉由来でないと思われる。
アイルランドの文献によると、牛切り落とし肉における腸管出血性大腸菌汚染濃度は、O157として平均14cfu/g(1g中に菌が14個存在する)だった。
・死亡率が汚染濃度に比例すると仮定し、死者数を年1人未満であることを目標にするとする。安全係数を100にすると、腸管出血性大腸菌のFSOは次のように計算できる。
14÷10÷100=0.014cfu/g
サルモネラ属菌に関するデータがないため、FSOは同じとする。

<POの設定>
・飲食店でスライスをする際に、二次汚染による菌数の増加が起こると想定されるため、POはFSOよりも厳しい値になる。
・POはFSOの1/10とする。つまり、POは0.0014cfu/gとなり、当初の汚染濃度14cfu/gからは4対数個低い濃度となる。
・このPOは、食肉処理業者における加熱工程終了後の段階に適用するものとする。

<検査について>
コーデックス委員会の「食品の微生物規格の設定及び適用の原則(Microbiological Criterion)」に基づくものとする。
・サンプリングプランには、二階級法と三階級法がある。
二階級法では、1ロットからランダムに取り出される検体の数n、基準値m、そのロットを合格と判定する基準となる不良検体の数(mを超えてもよい検体の数)cの三つで定められている。三階級法では、n、m、cのほかに、条件つきで合格と判定する基準となる菌数限界Mを定めている。

<検体数について>
・微生物の汚染は偏在しているため、たまたま汚染のない部分から検体が採られると、そのロットは汚染が見逃されることになる。検体数nが小さい場合、汚染濃度が高くないと見つけにくい。
・腸内細菌科Enterobacteriaceae:腸管出血性大腸菌は100:1であると仮定する(*)。この場合、EnterobacteriaceaeのPOは0.0014cfu/g×100=0. 14cfu/g(=-0.85log cfu/g)となる。
*Enterobacteriaceaeは細菌の分類学上のグループであり、腸管出血性大腸菌はこのグループに属する。
・もっとも汚染されているロットでも、その97.7%(標準偏差の二倍値)がPOを超えないようにする。ロット内汚染の標準偏差を1.2log cfuと仮定すると、もっとも汚染されているロットの汚染平均値は、-0.85-2×1.2=-3.25log cfu/gとなる。
・汚染平均値が-3.25log cfu/gであるロットの汚染を95%の確率で見つけられるサンプリングプランはn=25である。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(山本茂樹部会長)検体数が25というのは大変な検査だが、生の肉を食べる場合はこのくらい必要であると言える。

●(寺嶋淳委員)ヨーロッパにはタルタルステーキがあるが、コーデックスで規格はあるか?
→(春日氏)コーデックスにはない。EUにはあることはある。
→(寺嶋氏)EUの規格はあくまで食肉のもので、生で食べることは前提としていないと理解してよいか?
→(春日氏)生で食べる場合、と読めるものはあるが、以前作った規格であり、数的指標などはない。

●(谷口清洲委員)検体数が25ということだが、切りだしたブロック肉の大きさは一般的に共通しているのか?
→(春日氏)大体10kgくらい。

●(今村知明委員)FSOの設定の際に、10で割ることの妥当性はあるか?
→(春日氏)本来はFSOを設定する際にはリスク評価機関とやり取りをするが、今回は時間がなかったのでえいやっとやるしかなかった。死者数をとにかくゼロにするというのを目標にしたので、1999〜2008年の統計でもっとも死者数が多かった2009年の9人という数字から計算した。「死者数何人以下」というのは、「何人の死までなら認めるのか」ということになり、最初のFSOのエクササイズとしては難しいかと思った。

●(工藤操委員)POはFSOの1/10にするということだが、この数にはどういう意味があるか?
→(春日氏)飲食店でスライスや調理をする。飲食店には管理のばらつきがあり、菌数が増えることはあっても減ることはない。1/10という数自体の根拠はないが、この程度想定していればよいかと考えた。


【朝倉宏氏から資料3,4の発表】
参考人である国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部の朝倉宏氏から、資料3「試験法についての概略」資料4「腸管出血性大腸菌O157の牛肉内浸潤と加熱処理による低減効果に関する検討」の発表がありました。

<指標として腸内細菌科Enterobacteriaceaeを選んだ理由>
・国際的に実績のある試験法である。
腸管出血性大腸菌だけでなくサルモネラ属菌も検出できる。他の衛生指標(大腸菌群など)ではサルモネラ属菌は検出できない。
・ただし、国内での使用実績は少ないので、試験法普及のための研修会などが必要となる。

<牛肉へのO157の浸潤性>
・解体後の日数が異なる牛肉(解体後4日目、2週目、4週目)にO157を接種して、表面からの深度ごとにO157の検出を行った。
・解体後熟成の進んだ牛肉では、解体直後のものに比べてより深い部分にO157が検出された。従って、生食用牛肉は解体後、速やかに工程を進めることで、深部への汚染を低減できると思われる。
・10の4乗オーダーのO157を接種した場合、O157 は表面から10mm下でも検出された。また、顕微鏡観察により、多くのO157は表面に留まっていたが、部分的には深部まで入り込んでいた。これらの結果から、表面から10mmまでの殺菌条件について考える必要がある。

<牛肉の加熱殺菌によるO157の低減効果>
・60℃において、サルモネラ属菌は103.7秒、O157は100.15秒加熱すれば、90%が死滅する。そのため、表面から10mmを60℃・2分加熱できる条件を求めることにした。
・250gの牛肉を85℃で温浴加熱し、加熱時間ごとに牛肉内部の温度を計測した。その結果から、表面から10mmを60℃・2分加熱できるものとして、85℃・10分の条件が求められた。また、500gの牛肉では、85℃・24分の条件が求められた。
・以上をまとめると、約250-300gのブロック肉においては、加熱条件を85℃・10分にすることで、腸管出血性大腸菌およびサルモネラ属菌の危険性を想定レベル以下に抑えることができると思われる。ただし、牛肉のサイズが異なると条件も大きく変動するので、各機関における条件設定が必要である。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(甲斐明美委員)Enterobacteriaceaeを指標にしたいということだったが、この指標でO111やO26なども検出できるのか?
→(朝倉氏)今回はO157のみでしか見ていない。
→(甲斐氏)国内で使用実績が少ないということなので、しっかりと考えていく必要がある。

●(今村氏)10分間も煮込んだ肉の中の部分をユッケと呼ぶのか。
→(山本部会長)先ほどブロック肉は10kgが基本ということだったが、サイズによっては生肉の部分が少なくなる。しかし、基準としては、表面から10mm、汚染濃度を4対数個下げる、などと考えていかなければ難しい。


【事務局から資料5の発表】
厚生労働省事務局から、資料5「生食用食肉に係る規格基準(案)」の発表がありました。この案の内容は、上記の春日氏と朝倉氏の発表にもとづいたものになっています。

・成分規格:生食用牛肉は、腸内細菌科Enterobacteriaceaeが陰性であること。陰性確認にかかわる記録は一年間保存すること。
・加工基準: 25検体(1検体あたり25g)を広範に採取した結果、Enterobacteriaceaeが検出されないレベルを想定した加工基準を満たすこと。
一般規定として、設備の衛生、器具の衛生、食品取扱者などを定めている。加工基準は、肉の表面から10mm以上の深さを60℃で2分間以上加熱した後、速やかに10℃以下に置くこと。なお、この記録は一年間保存すること。
・保存基準:生食用牛肉は4℃以下で保存すること(凍結させた場合は-15℃以下)。
・表示基準:消費者庁において対応する。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(益子まり委員)食品取扱者は特別な制度を設けるか?
→(事務局)詳細はこれから検討する。もしそういうものができれば、通知などで示すことになる。

●(阿南久委員)「いつまで食べられるのか」という基準を設定する必要がある。
→(事務局)速やかに提供する、と書く。何時間以内、と書くのは難しいかもしれないが、もっともリスクが小さくなるような方法を指導する。
→(山本部会長)一食ずつ加工するとなると交差汚染のリスクが上がることもある。

●(事務局)今回委員からもらった意見を反映させ、食品安全委員会にリスク評価を依頼する。表示については消費者庁で対応することになる。同時にパブリックコメントWTO通報なども進める。


【事務局から資料6の発表】
厚生労働省事務局から、資料6「生食用牛レバーの取扱いについて(案)」の発表がありました。

・平成10〜22年の食中毒統計によると、生食用牛レバーによる食中毒は116件だった。同時期の生食用牛肉による食中毒は5件だった。
・平成11〜22年の食中毒汚染実態調査によると、生食用牛レバーのO157及びカンピロバクターの汚染はそれぞれ0.7%及び4.6%だった。
・平成18年に発生した飲食店における腸管出血性大腸菌による食中毒事件を受け、平成19年に飲食店に対して、牛レバーは生食用として提供することはなるべく控えるように周知している。
・生食用牛レバーについても食品衛生法に基づく規制も含めて検討する必要がある。しかし、牛レバーにおける腸管出血性大腸菌に関する知見は不足している。従って、必要な調査研究を行った上で、遅くとも年内をめどに検討に着手したいと考えている。
・検討を開始するまでの間も、生食用牛レバーを提供しないよう飲食店などに対して周知徹底を行う。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(阿南氏)対応案はいいと思った。前回の会合で、対応ができるまでは禁止にして欲しいと言ったが、それは難しいということだったので、周知を徹底してもらいたい。
→(山本部会長)今回の周知では、これまでの周知にあったような「なるべく」という文言を外している。