食の安全と安心を科学する会「昨今の食品問題から考える食の安全と安心の未来について」(1)

6月26日、NPO食の安全と安心を科学する会によるフォーラム「昨今の食品問題から考える食の安全と安心の未来について」が開催されました。
当日は各分野の研究者から、食中毒や家畜伝染病、リスクコミュニケーションに関するお話がありました。今回は二回に分け、お話の中で印象的だった点をかいつまんでご紹介します。


腸管出血性大腸菌O111による食中毒(東京大学食の安全研究センター、センター長・教授、関崎勉氏)

大腸菌には病原性のあるものとないものがあります。善玉の大腸菌は1885年に発見されました。悪玉の大腸菌は1927年頃にその存在が疑われ始め、1945年に発見されました。

2011年4月に発生した焼肉チェーン店でのユッケを原因とする集団食中毒では、腸管出血性大腸菌O111が分離されました。以前からO111による食中毒はありましたが、今回のように死者を含めた多数の患者を出したのは初めてです。

腸管出血性大腸菌には、O111O157など様々な血清型が見つかっています。これらは、細胞毒性や腸管毒性のある志賀毒素(ベロ毒素)を産生し、この毒素は溶血性尿毒症症候群(*1)を引き起こします。志賀毒素は80℃・10分で失活しますが、60℃では失活しません。
*1:腎臓に作用して血管の中での溶血や腎不全が起こり、重篤になる。HUSとも呼ぶ。

アメリカの調査によると、各動物のフンに含まれる腸管出血性大腸菌の割合は、羊が67%、山羊が56%、牛が21%、豚が7.5%、馬が0.4%、猫が14%、犬が5%だとのことです。

肉の表面についた腸管出血性大腸菌は焼くことで死滅させることができます。しかし、成形肉やテンダリング、タンブリング、インジェクション加工などをした肉は内部まで菌が入り込んでいる可能性があります。テンダリングやタンブリングなどは、やわらかくジューシーな肉にするための加工法です。安価な肉はこのような加工がされているかもしれないので、しっかりと内部まで火を通した方がいいでしょう。

2011年6月には、ドイツでO104による大規模な集団食中毒が発生しました。O104もまた腸管出血性大腸菌のひとつです。
この事例においては発芽野菜が原因食品ではないかとされています。発芽野菜は水耕栽培という方法で栽培されます。もし水耕栽培に用いる水が食中毒菌で汚染している場合、他の競争相手となる菌がいなければ、水中の食中毒菌は増殖しやすくなるのです。

細菌性食中毒予防の基本は、付けない、増やさない、殺す、の三つです。この原則は血清型がO157であろうがO111であろうが変わりはありません。大きな食中毒事件が起こるたびに食品の衛生管理について注意喚起されますが、事件が過ぎると原則を忘れてしまうようです。
事業者はもちろん、私たち消費者も、食中毒になるかどうかは自己責任であるというくらいの自覚をもって食品の安全性について考えていかなければなりません。


☆止まない鳥インフルエンザ東京大学大学院農学生命科学研究科付属牧場、食の安全研究センター、教授、眞鍋昇氏)

鳥インフルエンザウイルスの故郷は中国南部の山間地で、ここから周辺の国に感染が広がっていると思われます。
日本では2010年11月に島根県の家禽に感染しているのが発見されてから、鹿児島県、宮崎県、大分県などに感染が広がり、多くの農家や地域経済に打撃を与えました。日本での感染は終息しましたが、周辺の国では現在も続発しています。

鳥インフルエンザの感染が広がっているのは、鶏を飼う数が増えたからだと思われます。中国の家禽の飼育数は150億羽であり、世界の1/5を占めています。このうち50億羽にワクチンを打っていますが、大きな効果は見えていません。鳥インフルエンザウイルスは変異しやすく、ワクチンでの制御が難しいのです。

これまで日本や韓国で発生した鳥インフルエンザウイルスは鳥類だけに感染するもので、たとえ感染した鳥の肉や卵を食べてもヒトに感染することはありませんでした。
しかし、20種類ほどあるウイルスの中にはヒトに感染するタイプもあり、2003〜2006年にはH5N1型の鳥インフルエンザウイルスによりベトナムやタイなどで死者が出ています。ベトナムでは92人が感染し42人が死亡、タイでは20人が感染し13人が死亡、インドネシアでは9人が感染し5人が死亡、カンボジアでは4人が感染し全員が死亡と報告されています。
ただし、このタイプのウイルスでも鳥の肉や卵を食べたことによる感染は報告されていません。ウイルスは胃酸で分解されるのです(*2)。
*2:一般的に、感染した鳥と密接に接触した場合や、それらの内臓や排泄物に接触するなどした場合に感染することが多いと言われている。

鳥インフルエンザは決して家畜だけの伝染病では済まされない状況であり、世界動物保健機関を中心として国際規模で伝染病の制御に取り組もうとしています。日本では、家畜は農林水産省、野生動物は環境省、ヒトは厚生労働省と、担当が分かれているので、うまく連携して対応していく必要があります。


口蹄疫の現状と課題(東京大学大学院農学生命科学研究科、食の安全研究センター、特任教授、杉浦勝明氏)

口蹄疫に関する記述は、1546年にイタリア人修道士によるものが初めてです。
第二次世界大戦後、ワクチンが開発され、1990年代初頭までに撲滅されました。撲滅したことで、1990年代半ばにワクチンの接種を中止しました。(イギリスやアイルランドなどではその前からワクチンは使用せず、口蹄疫が発生した場合は、その農場の全頭を殺して蔓延を封じていました。)

しかし、アメリカでは1990年代末の世界の口蹄疫の不安定化に伴い、2000年と2001年に発生しました。この口蹄疫の流行の原因のひとつとしてワクチン接種の中止がありますが、ほかに、人間の国際移動の増加や、家畜の国際取引の増加、飼養密度の増加なども挙げられます。

牛、豚、めん羊(ヒツジ)からのウイルスの排出は、それらに症状が出る前に起こるので、広がりやすくなります。牛は鼻から、豚は口から感染しやすいという特徴があります。
このウイルスはヒトへは感染しませんが、ヒトは髪や皮ふ、服などに付着させることで、ウイルスを移動させてしまいます。感染した家畜と接触した人が、直後に同僚と会話したところ、その同僚の鼻からウイルスが分離されたという例があります。

口蹄疫に対する防疫措置は次の四つがあります。
●感染動物の殺処分、消毒
●移動制限
サーベイランス(感染症の発生状況の調査)
●ワクチン接種

ワクチン接種は、殺処分だけでは広がりが抑えられない場合に緊急的に行います。しかし、ワクチンの問題点として、発生防御はするけど感染防御はしない、7つの血清型のうち適合したものを使わなければならない、年2回接種しなくてはならない、といったことが挙げられます。

イギリスでは、2001年2月にと畜場の豚に口蹄疫の症状が見られ、9月まで発生が続き、390万頭の家畜(もっとも多いのはめん羊)を殺処分しました。
日本では、2000年に約90年ぶりに口蹄疫が発生しました。3月25日から5月11日に宮崎県で3件、北海道で1件が確認されました。これを受け、2000年に家畜伝染病予防法などが改正され、移動制限を10日から21日に伸ばすなどの変更がありました。
しかし、2010年に宮崎県で再び口蹄疫が発生し、約29万頭が殺処分されました。今回は発生から殺処分まで2週間ほどの遅れがありました。これを受け、家畜伝染病予防法が再度改正され、伝染病を早期発見するための届け出制度や、発生農家への支援の充実、水際での検疫措置の強化などが講じられました。

近年の日本周辺諸国での口蹄疫の発生状況を踏まえると、日本への口蹄疫の侵入リスクは依然として高く、空海港での水際検疫の強化を図るとともに、発生に備えた防疫演習を定期的に行っていくことが重要です。


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この後にリスクコミュニケーションに関する発表が続きました。ご報告の(2)は追って公開します。