食の安全と安心を科学する会「昨今の食品問題から考える食の安全と安心の未来について」(2)

6月26日、NPO食の安全と安心を科学する会によるフォーラム「昨今の食品問題から考える食の安全と安心の未来について」が開催されました。
当日は各分野の研究者から、食中毒や家畜伝染病、リスクコミュニケーションに関するお話がありました。今回は傍聴記録の後編として、リスクコミュニケーションに関する部分をかいつまんでご紹介します(前編はこちら)。


☆家畜衛生をめぐる消費者の意識・知識と行動(東京大学大学院農学生命科学研究科科学的コミュニケーション領域、准教授、細野ひろみ氏)

近年、フードシステムの高度化や高度科学技術の食品への適用などにより、消費者は自分が何を食べているのかが分かりにくくなっています。
食品の安全性を担保する責任はまず事業者や行政に求められますが、消費者も情報を収集し、理解を深めることが必要です。リスクコミュニケーション、そして、その基盤となるフードコミュニケーションやサイエンスコミュニケーションの重要性が指摘されています。
こうした状況を踏まえ、消費者が畜産物をどのように認識し、利用しているのか、家畜伝染病をどのように理解しているのかの調査を行いました。

<対面調査によると>
対面で、「牛肉の産地として思いつく地名を5つ挙げ、それぞれのイメージを挙げてください」と質問しました。結果をコレスポンデンス分析したところ、大きく次の4つのグループに分かれました。
アメリカ産、こわい、BSE、おいしくないなど
・日本産、ブランド牛生産地、高級、おいしいなど
・鹿児島産、黒毛和牛
・オーストラリア産、安全など
黒毛和牛は鹿児島産のみと考えているなど、産地には確固としたイメージがありました。

それに対して、「『和牛』と『国産牛』の違いを知っていますか?」という質問に対しては、「考えたことがない」「気にしたことがない」という回答がよく見られました(*1)。
*1:和牛は、黒毛和種褐毛和種日本短角種無角和種の四種と、これらの中で交配させた交雑種の牛に限られる。国産牛は、育った期間がもっとも長い場所が日本である牛のこと。詳しくはこちらをご覧ください。

<ウェブ調査によると>
次に、全国でウェブ調査を行いました。対象は牛肉を使う20〜60代の女性2,421名です。
この結果によると、年齢が高いほど、霜降り肉、国産牛を好む人が多いという傾向がありました。また、年齢が高いほど、乳用種と肉用種の存在の違いを認識している人が多いという傾向も得られました。

その後、情報提供をすることで商品選択に影響があるかを調査しました。情報提供は文字情報あるいはアニメーション(内容は文字情報のものと同一)という二つの方法で行いました。いずれの情報も与えないグループも設定しました。
この結果によると、文字情報を提供した場合は、国産牛の評価は低くなり、和牛の評価は高くなりました。アニメーションで情報提供をした場合は、国産牛も和牛も評価は高くなりました。したがって、文字情報の方がより正確な情報提供につながるのかもしれないと思われました。

また、BSEについては、「症状や国の対策についてよく知っている」とした人でも、「BSEは日本で発生していない?」という質問に対しては、「発生していない」と回答した人が一定数いて、「BSEの検査を続けるべきだ」と回答したのは64%でした(*2)。
*2:BSEの検査はあくまでBSEの広がりや対策の効果をみるための手段であり、安全性を保つためのものではない。検査によって発見できるBSEは4割程度。BSEについてはこちらで紹介した本がお勧めです。


☆食品安全に関する消費者心理と行動(立教大学、特任准教授、古川雅一氏)

人のリスク情報への過剰反応は主に次の三つに分けられます。
(1)メディア情報の影響によるもの
(2)専門家によるリスク伝達に関するもの
(3)消費者のリスク認知に起因するもの

(2)について。これは、両論併記や曖昧な表記が混乱を増大させていると思われます。また、専門家自身が自分の客観性を過信している場合も問題になります。

(3)について。消費者のリスク認知は、消費者を取り巻く環境(確実性が高い環境、リスクがある環境、不確実性が高い環境)によって変わります。
プロスペクト理論によると、消費者は低い確率のものを高く見積もる傾向があります。例えば、地震や航空機事故などです。
そして、消費者は具体的な事例を過大評価する傾向があります。具体的な事例は統計資料よりもインパクトは大きくなるということです。消費者は日常的になじみのない指標はそれが意味することを実感しにくいのです。

また、表現の仕方も消費者のリスク認知を左右します。
相対表現は、リスクに対してもっと高いお金を払ってもいいと思わせます。それに対して、「7人に2人」といった表現はリスクを低く見積もらせる傾向があります。

過剰なリスク回避行動を起こさせないようにするためには、「リスク比較」と「リスク管理体制に対する信頼構築」が必要となります。

リスク比較における注意点として、説得を目的とした恣意的な比較対象の設定は失敗につながるということが挙げられます。

リスク管理体制に対する信頼構築については、もし体制への信頼が低下するとリスク管理のためのコストが増大するため、重要となります。
信頼を構築できるかどうかは、情報の送り手の能力、誠実さ、自分と価値観が似ているかどうかで決まります。従って、信頼を構築するためには、消費者の価値観に配慮することと、(信頼の低下を補うための)監視と懲罰の強化という対策が挙げられます。


☆食品の放射能汚染による健康影響のエビデンスNPO食の安全と安心を科学する会、理事長、山崎毅氏*3)
*3:当日の山崎氏の講演内容はこちらでもまとめられています。

今年3月の原発事故後、食品を介した放射性物質の健康への影響については、3月17日に厚生労働省が暫定規制値を設定し、食品の出荷制限・摂取制限を各都道府県に通知しました。
続いて、食品安全委員会は専門委員会を開き、当面はこの暫定規制値のまま流通を管理することで合意しました。しかし、公開された「緊急とりまとめ」は曖昧さを残しています。例えば、この暫定規制値は「かなり安全側に立ったもの」であるとしながらも、「食品中の放射性物質は、本来、可能な限り低減されるべきもの」としています。

今回の食品安全委員会の検討では、食品中の放射性物質によるヒトへの健康影響のエビデンスはほとんどないというのが事実だったのです。唯一、放射線医学の専門家たちが認めている疫学的なデータは、チェルノブイリ事故で汚染された原乳を飲んだ乳幼児で甲状腺がんの発症が増えた、というものです。

現在の放射性セシウムの暫定規制値は、水や牛乳は200Bq/kgで、野菜や肉などは500Bq/kgです。その一方で、もともとヒトの体内には放射性カリウム40が3,000〜4,000Bq含まれているのです。

しかし、食品中の放射性セシウムの数値が公表されるたびに消費者はこわがり、食品情報に過敏になっているようです。これはリスク情報(間違ったものも含む)が多すぎることが原因のひとつであると言えます。

チェルノブイリ事故の直後、周辺地域では間違った情報により数万の不必要な妊娠中絶が行われてしまいました。
私たち日本人は広島・長崎での経験により、大量の放射線が人体に与える影響の大きさを知っています。しかし、100mSv/年以下の被ばくであれば、ヒトの遺伝子や細胞は修復する力があると思われます。情報の発信側は、多くの人を救うつもりで出した情報が逆に、生まれてくる新たな命や農家の生きる希望を奪ってはいないか、よく考えるべきです。