食品安全委員会‐放射性物質の食品健康影響評価に関するWG(第七回)‐

7月13日、食品安全委員会放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループの第七回会合が開催されました。

以前の傍聴記録はこちらです→第一回第二回第三回第四回第五回第六回

今回の議論には9名の専門委員、3名の専門参考人と7名の委員が参加しました。(欠席の専門委員は川村孝氏、遠山千春氏、林真氏、村田勝敬氏。)
配布資料はこちらで見ることができます。


今回の会合では、主にウランのとりまとめ案についての議論と、報告書を作成する上での確認が行われました。
今回の発表のポイントは次の通りです。
●ウランは、ラットの91日間亜慢性毒性試験における結果からTDI(耐容一日摂取量)を算出することにする。この試験においてウランのLOAEL(最少毒性量)は0.06mg/kgであり、これに安全係数100をとり、TDIを0.6μg/kgとしてはどうか。(→安全係数を100にするか300にするかで議論あり。)
●ウラン以外のアルファ核種(プルトニウムアメリシウムキュリウム)については、得られる知見が少なく、また、現時点で検出の報告も少ない。そのため、知見の整理はできる限り行うが、個別の核種としての評価は示せない。
●低線量での被ばくについて、閾値なし直線モデルを用いて考えるかはさらに検討する。
●まずは集団としての健康影響を評価し、知見を整理していく中で必要そうであれば、胎児・小児を区別して評価する。



<傍聴した感想>
今回でウランの健康影響評価が一応数値としてまとまりました。「一応」としたのは、ウランは放射性物質としての毒性ではなく、化学物質としての金属毒性のデータをもとに評価したからです。化学物質としての方が低い濃度で影響が出てくるので、このようなことになりました。
実はウランはもともと水道水やミネラルウォーターなどに含まれており、日本では水道水中のウランの管理目標値を定めています。そのため、その他の放射性物質と比べると、ウランの科学的知見は入手しやすく、評価もやりやすかったのではないでしょうか。今回の事故においては、ウランは原発施設近くの土壌から微量検出されたという報道がありましたが、食品関連については特に耳にしていません。
今回の会合で配布された「論点に関する座長メモ」によると、「食品からの放射性物質の摂取に関し、最も重要な核種と考えられ」るのは、放射性セシウムとのことです。しかし、前回の会合では、放射性セシウムの経口曝露による動物実験と疫学研究はとても少ないということが確認されています。このワーキンググループが放射性物質のリスク評価とどのように向き合えたかは、放射性セシウムの評価結果にあらわれるのかもしれません。


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【資料1,2の説明】
食品安全委員会事務局から、資料1「人体中の放射性核種についての試算」と資料2「ウランに関する知見のとりまとめ(案)」に関する説明がありました。

<人体に含まれる放射性核種について>
●人体にはもともと、炭素、カリウムルビジウム、ウラン、ポロニウム、鉛の放射性核種が含まれており、合計で7,856Bq(日本人男性の平均体重65.3kgにおいて)になる。

<ウランの知見とりまとめ案について>
●ウランの経口摂取による発がんの報告はヒトでも動物でも見当たらない。
●ウランは化学物質としての金属毒性があるため、それに関連する動物試験のデータからTDI(耐容一日摂取量)を求めることにする。
●ラットにおける91日間亜慢性毒性試験は、病理組織学的検査など幅広い検査が行われていたので、TDIを求める根拠として適切であると考えられた。この試験において、LOAEL(最少毒性量)は0.06mgU/kg体重/日であった。
●安全係数は種差は10、個体差は10をとる(この二つで10×10=100)。その他に、ヒトとラットのウラン吸収率の種差、LOAEL‐NOAELの変換係数を勘案した安全係数にするかどうかを検討する。
●安全係数を100としたらTDIは0.6μg/kg体重/日となる。この場合、体重50kgのヒトが受ける放射線による影響は、計算により0.013mSv/年と導かれる。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(山添康座長)一般的に安全係数は、実験動物からヒトへ外挿する場合の種差として10、ヒトの個体差として10、合計で100としている。これに加えてさらに、ヒトとラットのウラン吸収率の種差、LOAELとNOAELの差を考慮する必要があるだろうか。
→(鰐渕英機専門委員)最大限の安全を考えるときは、安全係数は1000をとる場合がある。今回は、LOAEL‐NOAELの変換係数と、ヒトとラットのウラン吸収率の種差を合わせて10として、10×10×10=1000を安全係数にしてはどうか。
→(吉田緑専門委員)ラットとウサギは似たような反応だったので、今回は種差としてはあまり大きくないのでは。
→(山添康座長)これまでの知見を見ると、体内に入ったウランの挙動にあまり種差はなく、動物もヒトも尿中に排出される。
→(吉永淳専門委員)資料5の表6「溶解性ウラン化合物の吸収率」を見ると、他の動物に比べてヒトの吸収率は高い。安全係数は10×10×3=300くらいがいいのではないか。
→(山添座長)これは非常に低い濃度レベルでの話なので、どうしてもどこかで不確実性がかかるというのは否めない。
→(圓藤吟史専門委員)資料5の101ページ、表5「日本人の食品からのウラン一日摂取量」を見ると、ウランは一日に食品から約0.6〜2μg摂取しているということだ。
→(山添座長)安全係数を100としたらTDIは0.6μg/kg/日となる。安全係数を300にしたら、実際に摂取している量と近くなり、厳しいのではないか。
→(手島玲子専門委員)放射性元素としては安全係数100くらいで十分なのではないか。
→(佐藤洋専門委員)メチル水銀の耐容週間摂取量は2μg/週だが、実際にはこれを超えて摂取している人が10%くらいいる。しかし、耐容週間摂取量と実際の摂取量が近いからとって問題があるということはないように思う。
→(圓藤氏)この濃度で障害が起こっていないという事実があるので、ウランの安全係数は100でいいと思う。
→(山添座長)その他、異論がなければ100を採用する。ウランはイオンとして存在しており、動物の排出経路における種差はあまりないだろうというのが大きな理由となる。


【資料3,4の説明】
山添康座長から、資料3「論点に関する座長メモ」と資料4「低線量におけるヒトへの影響に関する知見の整理」に関する説明がありました。

<各核種の知見のとりまとめ方について>
●放射性ヨウ素は、甲状腺への影響が大きいことが懸念されることを踏まえて評価結果をとりまとめる。
放射性セシウムは、食品からの摂取としては最も重要な核種と考えられる。低線量に関する検討結果を踏まえて評価結果をとりまとめる。
ストロンチウムは、独自の被ばくは大きくないため、セシウムが適切にコントロールされれば問題ないと考えられる。また、得られる知見も少ないため、個別の評価結果は示せないのではないか。ただし、モニタリング(特に海水)は今後も継続するべき。
●ウランは、放射性物質としての影響よりも金属毒性としての方が強く、TDI(耐容一日摂取量)の設定をすることで評価結果をとりまとめる。
●ウラン以外のアルファ核種(プルトニウムアメリシウムキュリウム)は知見が少なく、現時点での検出例も少ない。そのため、知見の整理はできるだけ行うが、個別の評価結果は示せないのではないか。ただし、モニタリングは今後も継続するべき。
●低線量の被ばくによる健康影響には科学的に不明な点が多い。このことを踏まえてどのように評価結果をとりまとめるか。

<さらに議論が必要な点>
●動物あるいはin vitro(試験管内)のデータよりもヒトにおける知見を優先する方針でよいか。
●線量については、累積線量を示すべきではないか。
●胎児・小児への影響を成人への影響と区別するかどうか。
閾値なし直線モデルを用いて低線量での影響を推測することには慎重な姿勢をとり、現実の疫学的データを重視するべきではないか。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(津金昌一郎専門委員)現実の疫学的データを重視すべきということは疫学研究者としてはありがたいことだが、疫学的データは低線量被ばくにおいてあまりにも無力であり、必ずしも適切ではないと思う。色々なデータを見ても、低線量被ばくにおける影響が小さすぎて、偶然やバイアスとの区別がつかない。この場合はモデルに頼らざるを得ない。
→(山添座長)資料1で示したように、ヒトはもともと体内に放射性核種を持っており、ゼロリスクを求めることは科学的に不可能だ。外から入ってくる影響をどこまで抑えられるかが問題となる。まずは疫学的データを使って、「ここから影響が出る」という濃度を求め、その濃度より下についてはモデルで推測する。そして、「10の‐5乗のリスクはこのあたり」という議論をやっていきたい。
→(祖父江友孝専門参考人)まずは疫学的データでどの程度影響が見られているのかを確認する。その意味で、資料4の6の研究において、線量は実測値ではなく係数を当てはめて計算したものなので、このリストに載せるのは不適当かと思う。
→(山添座長)最初からリストに載せないと恣意的に低い値のデータを除いたと誤解される可能性があるので、公開の場で検討してもらいたいと思った。

●(???(おそらく吉永氏))疫学的データをもとにした「これより下では影響が見えなかった」という話が、安全か安全ではないかという話に受け取られてしまうのは正しくない。そうではなくて、これくらいのリスクなら許容できるのかどうかという判断をしなくてはならない。

●(佐藤氏)胎児・小児については初めからプライオリティとして考えるのではなく、データを見て、必要があれば区別していくというやり方でいいと思う。

●(小泉直子委員長)追加要請として魚の生物濃縮について考えざるをえない状況になった。これに関連して問題だと思うのは、concentration factorが濃縮係数と訳されて、科学用語としてよく聞かれる。concentration factorは海水の濃度と魚の濃度の単なる比であり、私は濃縮係数という日本語に非常に疑問を持っている。濃縮係数と言うと、この値が1より大きければ濃縮しているという誤解を与えるのではないかと思う。本来の生物濃縮とは、PCBやダイオキシンメチル水銀のように食物連鎖を介して数万倍にも濃縮されるようなものではないか。佐藤委員からの提言で、今回に関しては明らかに濃度係数であるということだった。
→(佐藤氏)IAEAの文書を見ると、やはりconcentration factorは単なる比の意味で使っている。そういう意味で、濃縮というアクティブな概念を含ませるのはどうだろうか。
ポタシウム(カリウム)は海水中よりヒトの生体中の方が濃度は高い。もしセシウムが同様の挙動をするなら海水中より生体中の濃度が高くなるのはごく当たり前のことだ。海水のセシウム/ポタシウム(ポタシウムに対するセシウムの比)と、生体中のセシウム/ポタシウムを比べてみた場合に、生体中のセシウム/ポタシウムが極端に高い場合は何か起こっているのかもしれないと考えるべきだ。それから、きちんとデータを見ることはできなかったが、アザラシのセシウムの比は魚と同じであったという文献がある。とすると、重金属のような生物濃縮は起こらないと考えることができる。
生物濃縮は、10の5乗や6乗というレベルの違いが出てくる場合であり、現状において濃縮という言葉は不適切ではないだろうか。もし重金属と同じように生体中に濃縮されるような放射性核種があるとすればその時は濃度係数のほかにこれだけ濃縮をしているという言い方をすればいいと思う。
→(山添座長)事実を反映し、濃度係数という言葉の方がより明確だと思うので、報告書においては濃度係数の言葉を採用する。

●(山添座長)資料5「評価書(たたき台)」はまだ何もできていなくて、たたき台のたたき台というもの。食品健康影響評価の案文は何名かの委員と一緒に作成していきたい。