食品安全委員会‐放射性物質の食品健康影響評価に関するWG(第八回)‐

7月21日、食品安全委員会放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループの第八回会合が開催されました。

以前の傍聴記録はこちらです→第一回第二回第三回第四回第五回第六回第七回

今回の議論には6名の専門委員、4名の専門参考人と7名の委員が参加しました。(欠席の専門委員は圓藤吟史氏、川村孝氏、津金昌一郎氏、花岡研一氏、林真氏、村田勝敬氏、吉永淳氏。)
配布資料はこちらで見ることができます。


今回の会合では、各放射性核種の食品健康影響評価のたたき台が発表され、議論が行われました。
今回の発表のポイントは次の通りです。
●前回の会合でウランは、動物試験の結果から得られたLOAEL(最小毒性量)の0.06mg/kgに安全係数100をとってTDI(耐容一日摂取量)を求めることとしたが、検討し直し、安全係数は300とすることにする。
●報告書では、線量を、生涯における累積線量として表すことにする。
●被ばくによる健康への悪影響が見られるのは100mSvからである。100mSv未満の低線量被ばくによる影響は今の科学では明確ではない。
●胎児・小児については何らかの形で区別して言及する。



<傍聴した感想>
今回の会合で、生涯の累積で100mSv未満の被ばく(自然環境からの被ばくや医療被ばくは除く)については健康への悪影響ははっきりとしないとの認識で合意に至りました。各核種については、ウランのみTDI(耐容一日摂取量)という具体的な数値が示され、放射性ヨウ素放射性セシウムなどについては、現時点での科学では、数値を求められるまでの根拠が得られていないという結論になりました。
会合の最後のあたりで佐藤洋専門委員が「100mSvは閾値ではない」と言ったように、100mSvは安全・危険の線引きとなる値ではなく、その程度のリスクなら許容できるであろうという目安になるものです。
がんを引き起こす要因は放射性物質以外にもたくさんあります。タバコは有名ですが、普通の野菜や果物にはもともと発がん性物質が含まれていると言われています。
それでも私たちが野菜や果物を食べるのはおいしいから、そして、それらを食べることは発がんのリスクよりも、発がんを防ぐ効果が上回っているからなのでしょう。
では、その野菜や果物に放射性物質が含まれている場合はどうなるのでしょうか?
これがまさに今検討されていることです。野菜や果物を一切食べないと、様々な健康上の弊害(発がんを含む)が出てくる可能性があります。それならば、緊急時である今は、問題が出ないであろう量の放射性物質はよしとしようという考え方をする必要があるのです。【一部文章を修正・加筆しました。(2011,8,12)】


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【資料3の説明】
食品安全委員会事務局から、資料3「ウランに関する食品健康影響評価(案)」に関する説明がありました。説明に先立って、座長である山添康氏から以下のコメントがありました。

●(山添康座長)前回の会合の後、委員間で話し、短期間の視点では健康影響が見られないものの、ラットの91日間飲水投与試験では軽微な影響があり、追加の不確実係数が必要ではないかということになった。従って、不確実係数を300とった場合のたたき台を作成したので、これについて検討してもらいたい。

<ウランの健康影響について>
●ウランは全ての同位体が放射性核種であるため、化学物質および放射性物質両方の毒性を発現すると考えられる。
●実験動物においてはウランの影響をもっとも受けやすいのは腎尿細管である。
●現時点では、ウランの経口摂取による発がん性を示す知見は得られていない。
●ウランのTDI(耐容一日摂取量)を算出するためにどの動物試験のデータを用いるかは、三つの試験(マウスの30日間飲水投与試験、ウサギの91日間飲水投与試験、ラットの91日間飲水投与試験)を最終的に検討し、この中から選んだ。
●ラットの91日間飲水投与試験は、病理組織学的検査を含め幅広い検査が行われている。したがって、この試験におけるLOAEL(最小毒性量)に不確実係数(安全係数)を適用し、TDIを算出することが適切であると考えられた。
●不確実係数は300とする。
●この試験においてLOAELは0.06mg/kg体重/日であり、これに不確実係数300を適用すると、ウランのTDIは0.06 mg/kg体重/日×1/300=0.2μg/kg体重/日となる。
●このTDIを放射線量に換算すると、実効線量として約0.004mSv/年であり、十分に低い線量であると考えられる。したがって、ウランの毒性は放射性物質としてより化学物質としての方が鋭敏に出ると考えられる。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(山添座長)不確実係数を300にすることについてどう思うか?
→(吉田緑専門委員)事務局案を支持する。ラットのデータを見たところ、おそらく重篤ではないが健康影響はあった。
→(佐藤洋専門委員)ラットの試験をもとにするのであれば、不確実係数100は無理があるのではないかと思っていた。この試験では臓器でのウラン濃度が計測されておらず、この知見だけを根拠にするのは心もとない。しかし、他の知見が少ないということもあるので、係数300が妥当とした。
→(鰐淵英機専門委員)前回の会合で私は不確実係数を1000にしてはどうかと言ったが、それほど重篤な症状は出ていなかったので、やはりそんなに大きく係数をとらなくてもよいと思った。

●(遠山千春専門委員)係数300の内訳を明確にしておいた方がよい。
→(山添座長)300の内訳はあってないようなものだが、一般的には、種差として10、個人差として10、LOAELからNOAELへの変換として3であろう。
ただ、不確実係数は経験的に設定しているものなので、この中身を分けることはあまりよくないと思っている。
→(廣瀬雅雄委員)リスクコミュニケーションの場では必ず不確実係数の内訳を聞かれる。
→(山添座長)かなり調べたが、不確実係数の数値には科学的根拠があるわけではない。
→(遠山氏)確かに種差が10でなくてはいけない科学的根拠はないが、ここでは学問をやっているわけではないので明示した方がよい。


【資料1,2の説明】
事務局から、資料1「低線量におけるヒトへの影響に関する知見の検討」と資料2「食品健康影響評価(たたき台)」に関する説明がありました。

<各核種の食品健康影響評価について>
●ウランを除き、現時点においてTDI(耐容一日摂取量)の設定ができるような動物試験や疫学の知見はなかった。プルトニウムアメリシウムキュリウムストロンチウムについては特に情報が少なく、個別の評価結果は示せないものと判断した。
●放射性ヨウ素については、甲状腺への影響が大きく、甲状腺がんが懸念される物質である。甲状腺等価線量として100mSv以上においては有意な健康への悪影響が示された報告があるが、個別に評価結果を示すのに十分な情報はなかった。
放射性セシウムについては、食品中からの検出状況を勘案すると現状ではもっとも重要な核種であると考えられた。しかし、個別に評価結果を示すのに十分な情報はなかった。
●従って、ウランについてはTDIを示すものの(資料3で説明)、その他の核種については低線量における健康への悪影響を評価し、その結果をとりまとめることにした。

<低線量における健康影響について>
●低線量における健康影響は主に発がんとして現れるため、ヒトの疫学データを重視した。その中でも、被ばく線量についての情報の信頼度が高いもの、調査・研究手法が適切なものを選択して評価に用いた。
●評価に用いた知見は、単に内部被ばくだけの影響を見たものではなく、外部被ばくの影響も含まれているものである。
●成人に関しては、低線量での健康への悪影響が見られた、あるいは高線量での健康への悪影響が見られないと報告している疫学的データは、インド、広島・長崎におけるものがあった。前者は、インドの高線量地域で、累積線量500mGy強において発がんリスクの増加は見られなかったという報告である。後者は、広島・長崎で、被ばく線量0〜100mSvの群では固形がんによる死亡の過剰相対リスクの増加は見られなかったが、0〜125mSvの群では増加したという報告である。
●小児に関しては、チェルノブイリ事故で5歳未満の小児において、骨髄での累積線量が3〜9.9mGyであった群では白血病リスクの増加は見られなかったが、10〜85.6mGyの群では増加していたという報告がある。胎児に関しては、1Gy以上の被ばくで精神遅滞が見られたが、0.5Gy以下では悪影響が見られなかったという報告がある。
閾値なし直線モデルについては、モデルの検証が困難であるなどの理由から、今回に関しては慎重であるべきと考えられた。従って、今回の評価においては現実の疫学的データで言える範囲で結論をとりまとめることにした。

<食品健康影響評価のまとめ>
●以上のことから、本ワーキンググループでは、成人に関しては放射線による悪影響が見られるのは生涯の追加の(*)累積線量として100mSv以上であると判断した。これは、もし特定の年に数mSvの被ばくがあったとしても、生涯における追加の累積線量が100mSv以内であれば悪影響は出ないであろうということを意味する。
*ヒトは常に自然界から約1.5mSv/年の被ばくを受けており、また、正常なヒトの体内には放射性物質が存在している。こうしたものからによる被ばくは、上記の100mSvには含めないものと考える。
●小児に関しては成人よりも影響を受けやすい可能性に留意することが必要である。
●100mSv未満の健康影響について言及することは、現在得られている知見からは困難であった。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(吉田氏)資料2の「さらに、小児に関しては、成人よりも影響を受けやすい可能性に留意することが必要と考えられた」という記述は、小児でも100mSv未満では影響が見られなかったということなのか、それとも別の言葉が続くのか。
→(山添座長)同じ線量の曝露を受けている集団で、成人よりは子どもの方が影響を受けやすいということがあったので、このような記述をした。チェルノブイリ事故における白血病のデータはあるが、この文献にはいくつかの問題があることもあり、小児に関して数値を特定することは難しかった。
→(遠山氏)白血病のデータを批判するような文献もあるが、無視はできないだろう。
→(山添座長)懸念はあるので留意していく必要はある。ただ、線量を特定することはできない。

●(中川恵一専門参考人)日本で医療被ばくは80年代で年間2.25mSvあり、現在はその4倍近くもあるとされている。
→(山添座長)医療被ばくは診断のために使っているので規制がない。しかし、このことに言及すると何らかの意図があると思われかねないので、文案には入れなかった。
→(佐藤氏)線量は書かないまでも、医療被ばくについても言及した方がいいのでは。

●(山添座長)これまでのことをまとめると、評価は累積線量でまとめる、100mSvがボーダーになりそうである、100mSv未満の低線量は今の科学では影響は明確ではない、小児・胎児は何らかの形で言及する、ということだった。
→(佐藤氏)100mSvというと閾値があると思われてしまう。実際は、閾値があるとも言えないし、閾値がないとも言えない。また、胎児に関しては、0.5Gy(≒500mSv)というレベルの違うデータしかないので、一括りにするのはどうだろうか?
→(山添座長)胎児に関してはこれくらいしかデータがなかった。
→(中川氏)資料1の番号8の文献は胎児についても触れられていた。1997年にこの続きのデータが出ていたと思うので確認する。


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次回の会合は7月26日に開催されます。