食品安全委員会‐放射性物質の食品健康影響評価に関するWG(最終回)‐

7月26日、食品安全委員会放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループの第九回会合が開催されました。今回の会合で評価書案が完成したので、最終回ということになります。ワーキンググループ終了後には緊急で第392回食品安全委員会が行われ、30分間の記者会見が開かれました。ワーキンググループと記者会見のシーンをかいつまんでご紹介します。

以前の傍聴記録はこちらです→第一回第二回第三回第四回第五回第六回第七回第八回

今回のWGの議論には9名の専門委員、4名の専門参考人と6名の委員が参加しました。(欠席の専門委員は佐藤洋氏、遠山千春氏、花岡研一氏、林真氏、村田勝敬氏、委員は畑江敬子氏。)
配布資料はこちらで見ることができます。


評価書案の内容は別記事にまとめましたが、主なポイントは次の通りです。
●ウランは動物試験の結果から、TDI(耐容一日摂取量)を0.2μg/kg体重/日とした。これは放射線量としては約0.005mSv/年に相当する。
●ウラン以外の核種(放射性ヨウ素放射性セシウムプルトニウムアメリシウムキュリウムストロンチウム)については個別に評価結果を出すのに十分な科学的知見は得られなかった。
●報告書では、線量を、生涯における累積線量として表すことにする。
●被ばくによる健康影響が見られるのは100mSvからである。100mSv未満の低線量被ばくによる影響は今の科学では明確ではない。
●小児は成人よりも被ばくの影響を受けやすいと考えられる。

この評価書案をもとに、30日間のパブリックコメント(国民からの意見の募集)を行い、本評価結果を作成します。その後、厚生労働省で規制値について検討されることになります。



<傍聴した感想>
九回に渡ってたくさんの文献を精査し、議論を交わし、評価書案がまとめられました。結論をごく簡単に言うと、追加の累積線量が100mSv以上で健康影響が見られる、小児は成人よりも影響を受けやすいということです。
特に強調されたのは、100mSvは閾値ではない、ということです。100mSv未満ならまったく健康影響がないというわけでもないけれど、はっきりと明示できるほどの科学的根拠はありませんでした。
最後に行われた記者会見では、記者から「100mSv未満のリスクはどうか?」「小児に対しては具体的な数値が出せないのか?」などの質問がありました。どれも、確かに気になる・・という点ばかりです。ただ、全ての会合を傍聴して(特に専門的知識があるわけではない)私が思ったのは、「確かにあれくらいのことしか言えないのかなぁ」ということです。知見が少ないということは毎回話題になっていましたし、委員の議論を聞いていると、不確実性や曖昧さがない文献はほとんどないように思えたからです(これは疫学的調査の特徴でしょうか)。
リスク評価はリスク管理とは独立して中立的・科学的に行われるものですが、リスク管理はリスク評価に基づくという原則があります。あくまでも安全側にたって評価したとはいえ、科学的根拠は強固であるべきということが、リスク評価機関である食品安全委員会としての第一のスタンスなのだと感じました。


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【ワーキングループ、資料の説明】
食品安全委員会事務局から、資料「評価書(案) 食品中に含まれる放射性物質」に関する説明がありました。
226ページの評価書案のうち、食品健康影響評価の項目は4ページほどです。内容は別記事にまとめました。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(佐々木康人専門参考人)第二回会合でICRPの防護体系について説明したが、その時に積み残した点を説明する(机上配布資料あり)。報告書案の食品健康影響評価の4「おわりに」に、このような国際的な防護体系の枠組みの中で管理をするといった記述も組み込まれるといいと思う。
ICRPでは、被ばくを三つのカテゴリー(職業、公衆、患者の医療)に分けている。現在話し合われているのは公衆被ばくである。
・2007年の勧告では、放射線防護のアプローチを状況に基づくものであるとし、計画被ばく状況、緊急時被ばく状況、現存被ばく状況に分けている。
放射線防護の原則はご存じの通り、正当化、最適化、線量限度の適応というものである。正当化とは、放射線を低減するに当たって常に利益が損失を上回ることを指す。最適化とは正当化された被ばくに対して低減し続けることを指す。また、個人の被ばくにおいては計画被ばく状況で線量限度を設けている。食品の汚染は事故があった後に起こることなので、計画被ばく状況で正当化することはない。
・汚染された食品からの被ばくは緊急時および現存被ばく状況の参考レベルを使って管理することになる。参考レベルとは、それ以上の被ばくが起こることを計画してはいけない線量を指し、広く行き渡っている状況によって決める。
・特定の染源があって、そこから直接ヒトが被ばくすることもあるし、環境の汚染を通じて被ばくすることもある。様々な被ばくの経路がある。
放射線防護の体系においてはこれら全ての複雑な経路を考慮して、それから個々の経路に対してどのように防護活動をするかを考える。
・除外免除という概念がある。これは、宇宙からの被ばくや生体内のカリウム40からの被ばくなど、制御できない場合については規制から免除するというものである。また、線量が極めて低い場合(10μSv/年以下)も免除する。

●(津金昌一郎専門委員)このワーキンググループでは計画被ばく状況におけるリスク評価をしているのではないか?
→(山添康座長)今回の評価は、平時、緊急時を問わずきちっとした食品健康影響評価をするというのが狙いだ。
→(津金氏)状況を踏まえるというのはリスク管理でやることなので、それがやりやすいように科学的に用量-反応関係を考えるというのがリスク評価の役割ではないかと思う。

●(津金氏)追加の累積線量で100mSv以上で健康影響が見られるということの根拠にしている文献三つのうち、二つは累積ではなく瞬間被ばくである。二つ目に挙げた文献は0〜125mSvで固形がんの過剰相対リスクが増加したということだが、これはモデルを使ってリスク評価したものだ。私が見た限り、生涯の累積線量でリスクを見ている文献はあまりなく、悪影響が出ているのは瞬間被ばくのものだった。
→(山添座長)広島・長崎での被ばくは、実際は瞬間被ばくではなく、飲料水や生活用水を含め長期の被ばくであった。線量値としてこれよりも高めになるということはあるが、低くなることはないので、安全側をとって採用した。確かに、この文献はモデルを使ってはいるが、多くの数の人のデータをもとにしているので信頼性はある。
→(津金氏)100mSvに閾値的なものを出しているように感じられ、やはりゼロリスクを捨て切れていない気がする。100mSv未満でもリスクはある、被ばくがゼロでなければ発がんはゼロでないということを認めた上でリスク評価をした方がいいと思っていた。

●(鰐淵英機専門委員)国際的な評価を見ていると、年間1mSvを超えないようになど、年当たりにも言及しているが、そのあたりはどうするか?
→(山添座長)リスク管理という意味では年当たりの数値を出すということもあり、そのことが矛盾するとは少なくとも私は思わない。ただ、長期間の被ばくによる鋭敏な指標は発がんであり、累積線量で評価するのが科学的に見て素直な表現かと思った。

●(吉永淳専門委員)100mSvが閾値のように考えられてはいけないというのには同感だ。一方で、ウラン以外の核種についてはTDIの設定はできないという記述があるが、がんに対してTDIを出すというのは閾値を設定することであり、矛盾しているように感じる。
→(山添座長)その通りなので、記述は修正する。
→(吉田緑専門委員)ウランは発がんではなく腎毒性に対してTDIを出した。

●(遠山千春専門委員)(欠席のため事務局がメモを読み上げる)WHOなどの国際機関ではこれまで閾値なし直線モデルを採用してきた。この根底には、影響があるともないとも言えない場合には安全側に立つという考えがある。難しいことではあるが、閾値なし直線モデルを採用するのか閾値ありモデルを採用するのか、判断するしかない。私自身は現時点では閾値なし直線モデルに則って評価し、その際には100mSvのリスクの大きさを示すことが必要だと思う。
→(山添座長)リスク管理においては閾値なし直線モデルを用いることが可能だと思う。しかし、リスク評価においては具体性がどこにあったのかと後で検証できるものかどうかが大切であり、まずは疫学的データに基づいた数値を確定することが第一であった。ただし、広島・長崎の文献は閾値なし直線モデルを利用したものであり、完全に疫学的データだけに頼って100mSvという値を出したわけではなくて、精度の高いものについては参考にした。
→(津金氏)やはり100mSvでどれくらいの健康影響があるのか見えてこない。また、100mSv未満についても、例えば10mSvではこれくらいのリスクがあるなど、定量的な情報も必要だと思う。
→(山添座長)通常の毒性評価は、投与量に対する評価がしっかりとしている。それに対して、放射線に関しては曝露量の評価においてかなりの仮定を含んでいる。また、放射線に関する調査は非常に大きな集団を対象にしているので不確実性が大きいということもある。したがって、具体的なリスクの大きさを示すにしても、信頼性の問題がある。

●(事務局)この後、修正点を反映させて食品安全委員会(親委員会)に報告をし、30日間のパブリックコメントを受け付ける。それを踏まえて再度、親委員会で審議し、厚生労働省で管理について検討されることになる。


【記者会見】
臨時の食品安全委員会(親委員会)の終了後、記者会見が開催されました。記者会見には小泉直子委員長、山添康座長、川村孝専門委員の三名が出席しました。
最初に小泉委員長から「食品安全委員会委員長からのメッセージ〜食品に含まれる放射性物質の食品健康影響評価について〜」に関する発表がありました。



<メディアとの質疑応答(一部抜粋)>
●(産経新聞)今回は内部被ばくと外部被ばくも含めた累積線量として評価しており、食品健康影響評価が全く行われていないように思えるがその点についてはどうか?
→(山添座長)確かに外部被ばくも含めた数値となっている。これは、低線量における過去のデータを見た場合、食品のみからの被ばくを調査したものはほとんど見当たらなかったからである。また、事故直後は外部被ばくが大きいが、長期間に渡っては食品摂取による被ばくが持続していると考えられた。全体の中で食品からの被ばくが100%であると仮定して評価することは、安全側に立った評価であるとも考えることができる。

●(読売新聞)100mSvをもとに考えると、汚染がある地域とそれ以外の地域、また、小児と成人など、リスク管理側でカテゴリーをとても細かくしなければならないか?また、100mSvなら影響が見られないが、200mSvならどうなのかなど、リスクの比較ができるようなものは提示できなかったのだろうか?
→(山添座長)最も鋭敏な影響は長い潜伏期間の後にあらわれてくる発がんの増加だ。今年とった線量がリスクを直線的に上げるということはなくて、累積線量がある量以上になれば発がんリスクが増加する。できるだけ被ばくはしない方がいいので、今後は食品摂取による被ばくを下げることが大切になってくる。リスク管理機関は検出状況を踏まえて施策を決めると思う。
二つ目の質問については、住んでいる場所や生活の仕方などによって個人差が出てくるし、一概に200mSvになればリスクが二倍になると言えるわけではない。

●(日経新聞)これをもとにすれば、規制値が年間数mSvということになり得る。パブリックコメントをしている間は暫定規制値をパスしたものが流通するわけだが、国民から「これまで食べたものは大丈夫だったのだろうか」など不安が出てくると思う。この点についてどのようなメッセージを出すか?
→(小泉委員長)意見交換会を開催する予定だ(*)。また、安全ダイアルでも評価書案に基づいて対応していく。
*8月2日に報告書案にもとづく意見交換会が開催されます。詳しくはこちらをご覧ください。
→(山添座長)暫定規制値については限られた文献を使って評価したものだが、それを見直してみても年単位であることを考えるとすぐに値を変える必要はないと考えている。少なくとも、新たな規制値ができるまでの間でリスクを増大させる要因にはなっていない。
→(日経新聞)暫定規制値を下回っているものについては食べても大丈夫だということか?
→(山添座長)評価書案をもとに個々の食品の一日の摂取量に当てはめていったとき、現在の暫定規制値が全体の枠組みの中で問題であるということであれば、リスク管理機関で考慮されるだろう。ただ、暫定規制値は既にかなり厳しいものになっているので、現状が変わらない限り、極端な値の変更はないのではないかと思う。

●(朝日新聞)小児については規制値のハードルを上げるのか?
→(山添座長)事故直後は放射性ヨウ素がかなり広い範囲で検出されたが、ヨウ素の物理学的半減期や生物学的半減期は短く、現時点で新たに追加される曝露量としてはほとんどないだろう。牛乳などの規制をすぐに行ったこともあり、チェルノブイリの事例と同じような状況ではないと理解している。ただ、当初には曝露を受けているので、考慮しなくてはならない。

●(テレビ朝日)個人が自分の累積線量を確認するにはどうしたらよいか?
→(山添座長)個人個人が容易に自分の追加の累積線量を確認するのは難しい。自然界からも曝露を受けており、今回の事故の曝露との区別ができない。

●(TBS)暫定規制値は年間でヨウ素は2mSv、セシウムは5mSvであり、二つ合わせると7mSvになってしまう。今回の結果によって暫定規制値をかなり厳しいものに見直さなければならないのではないかという認識だったが間違っているか?
→(山添座長)ヨウ素半減期を考えると年間の被ばく量は下がっている。放出がずっと続けば問題だったかもしれないが、現実的にはヨウ素はもう検出されておらず、ヨウ素単独でのリスクは積算するほどのものではない。セシウムや他の核種に関しても、規制ができているので量としては少なくなっていると理解している。

●(共同通信)100mSv未満、例えば避難基準にもされている20mSvについてリスク評価をしたような文献はこれまであるか?また、小児に対して具体的に数値を出すことはできなかったのか?
→(山添座長)20mSvという値は放射線作業に従事する人の年間の許容量として使われてきた。この値は経験的な事実に基づいて、それほどリスクは増加しないであろうとされたものだと思う。あくまでも管理上の安全側にたった値であり、20mSvを超えたからといって何か影響が出たという報告は見ていない。
小児についても数値を出したいと思い、大量の文献を見た。その中でもっとも低い線量が示されていたのが評価書案に載せている文献だ。この文献にも首をかしげたくなる点があったが、それを打ち消すほどの反証もできなかった。従って、できるだけ安全側にたった判断をしてもらいたいという含みを持たせた。