サイエンスカフェ「体細胞クローン牛とは?」

普通の焼肉に見えるかもしれませんが、これはただの焼肉ではありません。



先日、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構の畜産草地研究所によるサイエンスカフェ体細胞クローン牛とは?」に参加してきました。


サイエンスカフェとは、飲み物などを片手に、気軽に専門家や研究者と科学のおしゃべりをするというイベントです。今回は体細胞クローン牛がテーマということで、試食があるサイエンスカフェだったのです。


まずは、畜産草地研究所の渡邊伸也上席研究員から、体細胞クローン牛に関する簡単なお話がありました。


【クローンとは?体細胞クローンとは?】
クローン技術とは、ごく簡単に言うと、遺伝的に同一な個体(コピー)を作ることです。
クローンを作りたい個体から細胞(ドナー細胞と呼ぶ)を採り、核を除去しておいた未受精卵に入れます。このようにしてできた胚(赤ちゃんのもとになるもの)を仮親の子宮に移植し受胎させて子を産ませます。

ドナー細胞は、受精卵から採ってくる場合と、体細胞から採ってくる場合があります。
体細胞とは筋肉や皮ふなどの細胞であり、受精卵の細胞とは異なり、無数にあります。従って、体細胞クローンでは、理論上は無限にクローンを作ることができます。

クローン技術というと最新のもののように感じますが、植物に対しては古くから行われてきました。品質のそろった野菜や花を作るために行う挿し木や取り木がそれです。


【日本における体細胞クローン牛の歴史】
日本で最初の体細胞クローン牛が生まれたのは平成10年の7月で、その年は57頭が出生しました。
当時は世界的にも体細胞クローン牛の生産が始まったばかりで、リスク評価が行われていませんでした。このため、平成11年には農林水産省による体細胞クローン牛の出荷自粛があり、出生数は減っていきました。

その後、平成20年に厚生労働省から食品安全委員会へ、体細胞クローン牛のリスク評価の要請がなされました。
そして、翌年の平成21年にはリスク評価結果として、体細胞クローン牛と豚、そしてそれらの子に由来する食品は、従来の繁殖技術による牛と豚と同等である、との見解が出されました。詳しくはこちらをご覧ください。


このように現在ではリスク評価は終わり、安全性についても確認されたのですが、出生数はやはり少ないままで、昨年はわずか6頭でした。
畜産の鍵をにぎる農林水産省の対応はどのようになっているのでしょうか?

農林水産省は平成21年に「体細胞クローン家畜等の取扱いについて」という通知を出しています。
これによると、現在の技術水準では生産率が極めて低いため(*)商業的な利用は見込めない、現状で体細胞クローンは研究機関のみで生産されている、生産率の向上に向けて研究開発を進める、クローン技術について国民へ情報提供を行うなどといった対応方針を打ち出しています。
*生産率は通常の1/5〜1/10。

研究機関で生産された体細胞クローン牛を食べることができるのは、今回のようなサイエンスカフェの場が唯一です。


体細胞クローンのメリット】
体細胞クローンの一番のメリットは、優良品種の家畜を短期間で確実に作ることができる、ということです。もともと優良品種を作るためには、候補となる多くの子の中から優れた個体を選抜していくという方法をとっており、この作業にはかなりの時間と労力を費やしてきたのです。
また、体細胞クローンによって複製した優良な個体を、肉の性質や様子などをチェックする検定に活用することもできます。


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一通りのお話の後、体細胞クローン牛の試食がありました。(試食をしたいかどうかは事前に希望を聞かれていました。)



国産のバラ肉とモモ肉です。色が少し黒っぽいのは、真空パックで保存していたからとのことです。
初めて体細胞クローン牛を目にしましたが、当然のことながら見た目は普通の牛肉です。



ホットプレートで焼いて、塩コショウでいただきました。



味やにおいも普通の牛肉と変わりません。柔らかくおいしかったです。


焼肉をほおばりながら、渡邊上席研究員に素朴な疑問をぶつけてみました。
植物では当たり前のように行われている挿し木などと同じような技術で、リスク評価の結果、従来の牛と同等とされているのに、なぜ体細胞クローン牛は流通されないのですか?との疑問に、次のように答えてくださいました。

「まだまだ消費者の皆さんの理解が得られていないということと、精神的・倫理的な部分の問題が大きいのではないでしょうか。最終的に決めるのは消費者の皆さんですが、その前段階である『安全性に対する理解』『味に対する理解』を得てもらえるようにがんばっていきます。また、技術的には、生産効率を高めて、畜産業に大きなメリットをもたらすような技術にしていきたいです。」


畜産草地研究所では、体細胞クローン牛について色々な取り組みを行っているそうです。研究の現状はこちらで公開されています。


今後、体細胞クローン牛の研究はどのように進み、流通はいつ頃実現するのでしょうか?注目していきたいと思います。