食の安全研究センター講演会で聞いた「ハザードとリスクの違い」

9月8日、東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センターによる講演会「食品に含まれる新規化学物質のリスク評価とコミュニケーションのあり方」が開催されました。

講演会では、EUにおける新規化学物質(アクリルアミドやセミカルバジドなど)のリスクコミュニケーションの実例や、ドイツリスク評価研究所(BfR)での新規化学物質のリスク分析の状況についてお話がありました。

今回は、演者ではありませんがパネルディスカッションのパネラーとして参加された関西学院大学名誉教授の山崎洋氏から話題提供された、ハザードとリスクの違いについてご紹介します。山崎氏は、国際がん研究機構(IARC)でハザード評価書の作成に従事されたご経験があります。


☆「ハザードとリスクの違い」(関西学院大学名誉教授、元IARC研究部長、山崎洋氏)

IARCは1969年に誕生し、化学物質の評価を行ってきました。ところが現在、一般の方からは大きな二つの誤解をもって認識されていると感じています。


【誤解1‐IARCはリスク評価をしているわけではない】
IARCは「発がん性のリスク評価」ではなく「発がん性のハザード評価」をしています。
IARC評価書のタイトルは「ヒトへの発がん性リスクの評価」となっています。このタイトルについて、「リスク」ではなく「ハザード」にすべきではないかということが議論されましたが、日本を含め多くの国でリスクとハザードの区別がされていないために、このまま発行されることになったのです。
しかし、これが現在の誤解を生む原因のひとつになっているのかもしれません。


そもそもハザードとリスクの違いとはどういうことでしょうか?
例えば、ふぐについて。海や水槽の中で泳いでいるふぐはハザードです。一方で、そのふぐを素人が調理した場合、出来上がった料理に含まれるふぐ毒の量によって、ふぐはリスクとなります。
例えば、車について。ショーウィンドウに飾られている車はハザードです。車はただ鑑賞されるだけであれば人間へのリスクにはなりません。一方で、ハイスピードで運転されている車は、そのスピードや車の整備状況によってリスクとなります。
このように、ハザードは人間に曝される状態や状況によってリスクとなります。

繰り返しになりますが、IARCが評価しているのはハザードの方です。そして、ハザード評価はリスク評価の第一歩に過ぎません。


【誤解2‐IARC評価書は発がん性の強さを表していない】
もうひとつ誤解されるのが、IARC評価書は「発がん性の強さ」を評価しているのではなく、「発がん性の証拠の強さ」を評価しているということです。

IARCはヒトおよび実験動物での発がん性の証拠の強さによって、化学物質を次の5グループに分類しています。
・グループ1:ヒトに発がん性がある
・グループ2A:多分ヒトに発がん性がある
・グループ2B:ヒトに発がん性がある「かも」しれない
・グループ3:ヒトの発がん性について分類できない
・グループ4:多分ヒトに発がん性がない


グループ1にはアフラトキシンや太陽光線、アルコール飲料、タバコの煙など、グループ2AにはホルムアルデヒドやPCB、ディーゼルエンジンの排気など、グループ2Bにはコーヒーやガソリンエンジンの排気などが分類されています。
いずれのグループにおいても、ハザード評価をするだけでは意味がなく、リスク評価をしないといけないものが含まれています。
しかし、このようにランク付けをすると、人間の感覚的に「上位のものは危ない」と感じてしまうようで、IARC評価書の意味するところを啓蒙することの必要性を感じています。


【ハザード評価をもとにリスク評価を】
このようにしてIARCのハザード評価をもとにして、各国はそれぞれの国の状況に応じたリスク評価を行います。
リスクは白黒判断できるものではありません。日本のBSE問題などはリスクを白黒判断してしまった例であり、そこから脱皮する難しさを感じています。