食品安全委員会、第25回微生物・ウイルス専門調査会

8月1日、食品安全委員会の第25回微生物・ウイルス専門調査会が開催されました。
今回は、先日厚生労働省から出された生食用牛肉の規格基準案(*)についてのリスク評価を行う一回目の会合であり、事前に数名の起草委員により作成された評価書案をもとに議論されました。
厚生労働省での審議の様子はこちらをご覧ください。

12名の専門委員と7名の委員が参加しました(欠席の専門委員は春日文子氏、田村豊氏、藤井建夫氏、藤川治氏)。配布資料はこちらで公開されています。


今回主に議論されたのは、
●規格基準案で提案されている指標Enterobacteriaceae(腸内細菌科)の妥当性について。
(→国内でのEnterobacteriaceaeの使用実績はないが、ECなどでは使用されている。)
●今回、リスク評価に用いた腸管出血性大腸菌の患者情報は、感染症法に基づく感染症発生動向調査によるものである。これは推計のデータと大きなかい離がある。なぜなら、発症しても医療機関などで診断を受けずに顕在化しない場合が多いからだ。
(→二つのデータの差異の検証は将来的な課題である。今回は正式なデータである感染症発生動向調査を用いる。)
●規格基準案の加工基準は、生で食べる部分を加熱しているわけではないので、生で食べる部分のPO(フードチェーンの上流での目標値)が達成されるかどうかを完全に担保するものではない。今後も検証を重ね、加熱条件の適切性を確認していく必要がある。



<傍聴した感想>
今回は従来のリスク評価とは異なり、リスク管理機関である厚生労働省が作成した規格基準案をもとに評価を行っています(普通はまっさらの状態でリスク評価を行い、それをもとにリスク管理機関が基準や規制を検討します)。緊急の案件だから、というのがその理由です。会合の頻度もかなり密に予定されており(今週は二回)、このペースだと今週か来週には評価書案が完成するのではと思っています。
今回の会合では早速、評価書案が発表されました。この評価書案は複数の専門委員が起草委員になって事前に作成したものです。起草委員以外の専門委員には先週の金曜日(7月29日)に配布されたばかりだそうで、当然まだまだ手探り状態であることが伝わってきました。
その他にも、専門委員(と傍聴者である私)をとまどわせていた要因のひとつは、厚生労働省の規格基準案には微生物検査の検体数が示されていないということです。検体数がセットで示されなければ、規格(「生食用食肉は、検体25gにつき腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)が陰性であること。」)は不完全で意味をなさないのではないでしょうか。検体数を示していない理由は「運用法は別途検討するから」というのが厚生労働省の回答だそうですが・・。


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●傍聴記録
【事務局からの発表】
食品安全委員会事務局から、机上配布資料と配布資料についての発表がありました。

<机上配布資料について>
机上配布資料は、前回の専門調査会で委員から出た質問に対する厚生労働省からの回答(7/26付け)についてです。

●(質問1)規格基準案で検体数を記載していない理由は?
→(回答)運用方法については別途検討することにしているので、現段階で規格基準案には記載しないことにした。
●(質問2)「肉塊ごとに広範に25検体採取した試料」ということについて、肉塊とはどの状態を指すか?また、検査ロットはどのように考えるか?
→(回答)肉塊は同一の枝肉に由来するものであり、汚染が同程度とみなすことが可能なもの。具体的な運用法については現在検討している。
●(質問3)Enterobacteriaceaeを指標とすることを妥当とした理由は?
→(回答)腸管出血性大腸菌サルモネラ属菌の両方を検出でき、ISO試験法として国際的な実績がある。
●(質問4)Enterobacteriaceae:腸管出血性大腸菌を100:1と仮定した理由は?
→(回答)2006年のE Carneyらの文献で、牛の頭の肉における汚染がEnterobacteriaceaeでは0.7-3.0 log cfu/g、腸管出血性大腸菌が0.7-1.0 log cfu/gであった。それぞれの最大濃度、1000と10を考慮して、100:1が妥当と判断した。
●(質問5)腸管出血性大腸菌による死亡率が平均汚染濃度と比例すると仮定した根拠は?
→(回答)菌数の低い部分においては、用量反応関係が比例直線に近似できることが知られている。今回は平均汚染濃度14 cfu/gという低レベルであることから、死亡率を推定する用量反応関係が比例直線に近似することは妥当であると判断した。
●(質問6)FSOの設定の際に、安全係数を100にした理由は?
→(回答)平均汚染濃度は1g当たり14cfuということであるが、それを(死者数を年1人未満とするために)1/10とするだけでなく、一食50gのうちに腸管出血性大腸菌が1個未満とする必要があることを考慮して、さらに安全係数100を追加した。

<配布資料について>
続いて、配布資料「生食用食肉(牛肉)における腸管出血性大腸菌及びサルモネラ属菌 微生物・ウイルス評価書(案)」の冒頭から「曝露評価」までの説明がありました。
内容のほとんどは、以前食品安全委員会で作成したリスクプロファイルを引用しています。今回新たに作成されたのは、19ページの「(f)最近の発生事例について」と26ページの「図3.牛加熱用肉と牛生食用肉のと体から喫食までの流れ」です。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(多田有希専門委員)15ページの腸管出血性大腸菌の「食中毒発生状況」という項目は、実際は感染症発生動向調査の数値を出しており、これは食中毒以外の感染も含めているので、言葉を変えた方がいい。


【豊福肇専門委員からの発表】
豊福肇専門委員から、配布資料「生食用食肉(牛肉)における腸管出血性大腸菌及びサルモネラ属菌 微生物・ウイルス評価書(案)」の「リスク特性解析」以降についての発表がありました。

<今回のリスク評価で留意する点>
●従来は食べる部分を加熱するので、微生物検査でどのレベルまで菌の濃度が下がったのかを確認する必要はない。しかし今回は、食べる部分を加熱するわけではないので、成分規格と加工基準をセットで管理するしかない。加工基準単独で微生物レベルの低減効果やリスクの低減効果を関連づけることは難しいことに留意する必要がある。

<リスク評価の焦点>
●評価の焦点となるのは次の三点である。
・摂食時安全目標値(FSO)0.014 cfu/gの評価
・FSOから導き出したPO(フードチェーンのより上流における安全目標値)0.0014 cfu/gの評価
・規格基準案(成分規格と加工基準)により0.0014 cfu/gというPOが達成されるかの評価

<FSOの評価>
●二通りの回答アプローチ(患者数と死者数からのアプローチ、用量反応関数を適用して算出した発症確率からのアプローチ)によってFSOの値0.014 cfu/gの妥当性の評価を行った。
●患者数と死者数からのアプローチ:
FSOを0.014 cfu/gと設定することにより、ユッケに起因する死者数と患者発生数は年間1人未満に低減することができると考えられた。
患者数の推定の際には、感染症法に基づく感染症発生動向調査を、ユッケによる発症者の割合を推定する際には食品健康影響評価技術研究のデータ(表18)を用いた。後者の研究報告書においては、牛肉を食べることによる年間発症者数を約16万人と推定しているが、この数値は医療機関での診断を受けない発症者数も含んでおり、感染症発生動向調査とずれがある。
●用量反応関数を適用して算出した発症確率からのアプローチ:
0.014 cfu/gというFSOを満たす生肉を食べた場合の発症リスクは、現状の汚染を持つ生肉を食べたときと比べて、ベータポアソンモデルで1/36〜1/50に、指数関数モデルで1/202〜1/281に減少すると推定された。どちらのモデルを採用するのがいいかは、時間の都合上、検証することができなかった。

<POの評価>
●2010年のSheen and Hwangの報告で、O157を1000cfu汚染させたハムからスライサーを介して別のハムを汚染させる菌数は20cfuとされ、その比率は2%となっている。
●また、O157の増殖に要する時間に関する文献も確認した結果、規格基準案のPO(FSOの1/10)はかなり安全率を見込んだものと考えられた。

<規格基準案によりPOが達成されるかの評価>
●規格基準案では1ロットから採取される検体数が明記されていないので、検体数1の場合と検体数25の場合を想定して評価した。
●検体数1の場合は、POが達成されていることは確認できない。POが達成されていることを確認するには、25検体は必要。
●規格基準案の加工基準(肉塊の表面から1cm以上の深さを60℃で2分間以上加熱する等)は現時点の知見からは妥当であると考えられるが、食べる部分を加熱しているわけではないので、POが達成されていることを完全には担保できない。今後も実験的または運用上の検証を重ね、加熱条件の適切性を確認する必要がある。

<まとめ>
●摂食時安全目標値(FSO)0.014 cfu/gは、ユッケによる年間死者数および患者数を1人未満に低減させると推定された。
●FSOから導き出したPO(フードチェーンのより上流における安全目標値)0.0014 cfu/gは、安全性を見込んだ数値であると評価できる。
●規格基準案においては検体数を示していなかったが、25以上の検体においてEnterobacteriaceaeが陰性であれば、POとFSOを達成していることを確認できる。
●規格基準案の加工基準は現時点の知見からは妥当であるが、生で食べる部分のPOが達成されていることを完全には担保できない。

<議論&質疑応答(一部抜粋)>
●(渡邉治雄座長)感染症発生動向調査は医療機関で診断された患者数である。実際には診断に行かない人もおり、患者の最大数は現在の統計では分からない。したがって、感染症発生動向調査と食品健康影響評価技術研究のデータ(表18)には100倍ものかい離がある。この点はどのように扱うか?
→(小坂健専門委員)アメリカでは、報告されている患者数は実際の患者数の5%くらいだというデータがある。
→(品川那汎専門委員)食品健康影響評価技術研究はパブリッシュされたものではないが、きちんとした研究班が行ったものだ。食品安全委員会としてどこまでのデータを評価していいのかというスタンスが分からない。
→(渡邉座長)リスクプロファイルの検討の際にも議論になったが、未発表のデータは含めなかった。発表してあるものについては、いわゆるパブリッシュされていないものでも含めた。食品健康影響評価技術研究は公開されているデータなので、含めないというのはおかしい。
→(熊谷進委員)公表されていても誤りがある場合もあるので、それはこの場で検討してもらいたい。
→(豊福氏)二つのデータの差異の検証は将来的な課題であり、今回のような短期間の審議では難しい。
→(渡邉座長)今回は正式なデータである感染症発生動向調査に基づいて評価することにする。また、表18を見ると、枝肉よりも内臓肉の方の患者数が多くなっている。肉の生食よりもおよそ8倍多い。枝肉の規格基準を作ることは大切だが、それだけやっても感染症発生動向調査において患者数が統計学的に有意に低下するという結果を出すのは難しいかもしれないという危惧はある。
→(豊福氏)確かにこのスキームを行ったからといって感染症発生動向調査の患者数が激減することはないかもしれない。少なくとも生肉に起因する患者はいなくなるとは思うが。
→(渡邉座長)将来的には動物の糞に汚染される土壌についても考えていかなければ、患者数は目に見えて減らないだろう。その際には厚労省農水省環境省の連携が必要になる。内臓肉については現在、厚労省が今年度末を目途に、データの収集を含め、方向性を出すということになっている

●(工藤由紀子専門委員)今回の目的は腸管出血性大腸菌サルモネラ属菌による食中毒を減らすということだが、この二つの食中毒菌を直接的に測らずに、Enterobacteriaceaeを指標とすることは国民になかなか理解されにくいと思う。
コーデックスでは粉ミルクでサルモネラとEnterobacter sakazakiiの規格基準があり、二つの基準がセットで提案されている。一つ目はサルモネラとEnterobacter sakazakiiを測定する。二つ目はEnterobacteriaceaeと一般生菌数を測定する。今回、Enterobacteriaceaeを指標菌として使うのであれば、その妥当性を評価すべきではないかと思う。
→(五十君靜信専門委員)コーデックスと日本のシステムが全く同じというわけではないので、そのあたりの検討が今後出てくるかもしれないが、リスク評価においてはEnterobacteriaceaeを指標に用いることに問題はないと思う。
→(豊福氏)仮に直接サルモネラを測って規格基準案のPOを達成していることを確認しようとすると、以前計算したら、確か、検体数が640から700くらいは必要だった。これは現実的にはかなり難しいということもあり、今回のスキームは妥当であると評価した。
→(渡邉座長)粉ミルクの場合では何検体で検査しているか?
→(豊福氏)粉ミルクでは25gを60検体となっている。あれだけ均一なもので60検体なので、肉のようにばらつきのあるものだと検体数が一桁多くてもおかしくはない。

●(渡邉座長)規格基準案の加工基準は生で食べる部分のPOが達成されていることを完全には担保できないとあるが、どういうことか?
→(豊福氏)食べる部分の菌を直接攻撃するわけではないので、微生物検査と組み合わせなければいけないということ。


次回の専門調査会は8月4日に開催される予定です。