食品安全委員会、第26回微生物・ウイルス専門調査会

8月4日、食品安全委員会の第26回微生物・ウイルス専門調査会が開催されました。
前回(*1)に引き続き、厚生労働省から出された生食用牛肉の規格基準案に基づくリスク評価書案について議論されました。
*1:前回の傍聴記録

当日は14名の専門委員と7名の委員が参加しました(欠席の専門委員は春日文子氏と藤川治氏)。
配布資料はこちらで公開されています。

今回で評価書案が完成し、現在、評価書案についてパブリックコメント(国民からの意見・情報)が募集されているところです(8月16日まで)。
パブリックコメントの募集期間は普通、30日間ですが、本件については厚生労働省が10月1日からの施行開始を目指しているため、12日間に短縮されて行われています。
詳しくはこちらをご覧ください。


評価書案のポイント及び、特に議論された点は、
●摂食時安全目標値(FSO)は0.04cfu/g(*2)よりも小さな値であることが必要である。FSOを0.014cfu/gとした場合は、FSOを0.04cfu/gとした場合よりも3倍程度安全側に立ったものであると評価した。なお、年ごとの変動やヒトの個体差などにも留意する必要がある。
*2:単位の「cfu/g」は、1gあたりに細菌が1個含まれることを表す。
●FSOの1/10を PO(フードチェーンのより上流における安全目標値)とすることは、適正な衛生管理のもとでは、かなり安全率を見込んだものと評価した。
●製品の97.7%についてEnterobacteriaceaeが陰性であることを95%の信頼性で確認するためには、25検体は必要であると考えられた。
●加熱基準により衛生管理が適切に行われるかについては、あらかじめ確認することが不可欠であることに留意する必要がある。
●規格基準案で提案されている指標Enterobacteriaceae(腸内細菌科)の妥当性について。
(→EnterobacteriaceaeはEUで衛生指標菌として使われており、サルモネラ属菌および腸管出血性大腸菌の汚染の指標として有用である。)



<傍聴した感想>
今回は、前回の専門調査会で発表された評価書案がバージョンアップしたものが発表され、それについて議論されました。
新バージョンではリスク評価の部分がより具体的になっています。しかし、個人的に気になったのは、前回の議論のポイントのひとつとして挙げた、「感染症発生動向調査と推計データのかい離」を示唆するような推計データの表が削除されていたことです。(表は、今回の配布資料1-2「(案)微生物・ウイルス評価書」の36ページの表18として確認できます。)
この変化はリスク評価結果に直接響くものではありません。しかし、この表は重要なことを示しています。それは、前回の専門調査会における次のような座長の発言にあります。「表18を見ると、枝肉よりも内臓肉の方の患者数が多くなっている。肉の生食よりもおよそ8倍多い。枝肉の規格基準を作ることは大切だが、それだけやっても感染症発生動向調査において患者数が統計学的に有意に低下するという結果を出すのは難しいかもしれないという危惧はある。」
こうしたデータを評価書案に含めないのは、単純に「もったいないなぁ」なんて思ってしまいます。


***


●傍聴記録
【事務局からの発表】
食品安全委員会事務局から、資料1-1の冒頭から「曝露評価」までの説明がありました。内容は前回の発表とほとんど同じですが、新たに「Enterobacteriaceae(腸内細菌科菌群)について」(9ページ)や「肉塊の加熱処理の効果」(33ページ)などが追加されました。


【豊福肇専門委員からの発表】
評価書案を中心的に起草した豊福肇専門委員から、資料1-1の「リスク特性解析」から最後までの説明がありました。
前回発表された評価書案から変化があった箇所を中心に以下にまとめました。

<リスク評価の焦点>
●評価の焦点となるのは次の三点である。
・摂食時安全目標値(FSO)0.014 cfu/gの評価
・FSOから導き出したPO(フードチェーンのより上流における安全目標値)0.0014 cfu/gの評価
・規格基準案(成分規格と加工基準)により0.0014 cfu/gというPOが達成されるかの評価

<FSOの評価>
●二通りの回答アプローチ(患者数と死者数からのアプローチ、用量反応関数を適用して算出した発症確率からのアプローチ)によってFSOの値0.014 cfu/gの妥当性の評価を行った。
●患者数と死者数からのアプローチ:
日本において、腸管出血性大腸菌による食中毒事例において摂取した菌数が判明している事例の中で、もっとも低い菌数は、牛レバー刺しを原因食品とする2cfu/人であった。このとき当該牛レバー刺しに含まれている菌数は0.04cfu/gであった。アイルランドの牛切り落とし肉におけるO157の汚染濃度は5.0〜40.7cfu/gであり、日本も同等であると仮定した場合、少なくとも牛肉の汚染濃度を40.7cfu/gから0.04cfu/gまで低減(1/1,018以下)する必要がある。
また、腸管出血性大腸菌食中毒の患者数の平均1,700人/年のうち、牛肉の生食に起因するのは約190人と推定される。従って、患者発生数を年1人未満にするためには、牛肉の汚染濃度を少なくとも1/190より低くする必要がある。
以上の検討などから、FSOは0.04cfu/gよりも小さな値であることが必要であると考えられた。なお、検討は統計の平均値に基づくものであり、年ごとの変動やヒトの個体差などにも留意する必要がある。
●用量反応関数を適用して算出した発症確率からのアプローチ:
現状の汚染上限値をFSO(0.04cfu/gあるいは0.014cfu/g)まで低減させることでどのようにリスクが変化するのかを、二つのモデルによって推定した。
アイルランドの牛切り落とし肉におけるO157の汚染濃度は5.0〜40.7cfu/gであり、ユッケ一食(50g)あたりの菌数は250〜2,000cfu/gである。現状の汚染上限値は2,000cfu/gでとする。
ベータポアソンモデルによると、2,000cfu/gを0.04cfu/gまで低減させることでリスクは1/18.7になり、0.014cfu/gではリスクは1/49.7になった。
指数関数モデルによると、2,000cfu/gを0.04cfu/gまで低減させることでリスクは1/98.5になり、0.014cfu/gではリスクは1/280.6になった。
以上のことから、0.014cfu/gというFSOは、0.04cfu/gというFSOよりも3倍弱のリスク低減効果があると考えられた。

<POの評価>
●2010年のSheen and Hwangの報告で、O157を1,000cfu汚染させたハムからスライサーを介して別のハムを汚染させる菌数は20cfuとされ、その比率は2%となっている。
●また、O157の増殖に要する時間に関する文献も確認した結果、規格基準案のPO(FSOの1/10)は、適正な衛生管理のもとでは、かなり安全率を見込んだものと考えられた。

<規格基準案によりPOが達成されるかの評価>
●規格基準案では1ロットから採取される検体数が明記されていないので、検体数1の場合と検体数25の場合を想定して評価した。
●検体数1の場合は、POが達成されていることは確認できないと考えられた。
●検体数25検体の場合は、97.7%の確率でPOが達成されていることを95%の信頼性で確認できると考えられた。
規格基準案の加工基準(肉塊の表面から1cm以上の深さを60℃で2分間以上加熱する等)については、生食部分に適用されるものではないため、加工基準のみによって生食部のPOが達成されていることを完全には担保できず、成分規格との組み合わせが必要となる。加工基準により衛生管理が適切に行われるかについては、あらかじめ確認することが不可欠である。

<まとめ>
●摂食時安全目標値(FSO)は0.04cfu/gよりも小さな値であることが必要である。FSOを0.014cfu/gとした場合は、FSOを0.04cfu/gとした場合よりも3倍程度安全側に立ったものであると評価した。
●FSOの1/10を PO(フードチェーンのより上流における安全目標値)とすることは、適正な衛生管理のもとでは、かなり安全率を見込んだものと評価した。
●製品の97.7%についてEnterobacteriaceaeが陰性であることを95%の信頼性で確認するためには、25検体は必要であると考えられた。
●加熱基準により衛生管理が適切に行われるかについては、あらかじめ確認することが不可欠であることに留意する必要がある。


【議論&質疑応答(一部抜粋)】
●(渡邉治雄座長)37ページに、アメリカでは牛肉のパテのFSOを0.004cfu/gとしているとある。国際的な矛盾などは出てこないか?
→(豊福氏)まず、喫食量が違う。日本人にしては、パテ250gというのはかなり大きいだろう。また、日本におけるユッケよりもアメリカにおけるパテは頻繁に食べられている。こうしたことにより、アメリカのパテのFSOはかなり低めに設定されているのだろうと思う。喫食量と喫食頻度を考えると、今回のFSO(0.014cfu/g)と同じレベルと考えられる。

●(渡邉座長)23ページの表10によると、日本では牛レバー刺しにおいて2cfuで腸管出血性大腸菌食中毒が起こったという事例がある。アメリカではどうか?
→(豊福氏)15cfuで発症したというデータがある。2cfuというのはかなり低い事例だと思う。
→(渡邉座長)日本人は感受性が強いのではないか、それなのにFSOは0.014cfu/gでいいのか、という議論にはならないか?
→(豊福氏)個人差があるし、健康状態によっても異なる。今回は存在しているデータの中でもっとも低い値を採用している。
→(工藤由起子専門委員)このデータは自治体からの報告に基づいている。子どもではなかったが、詳しい健康状態については分からない。
→(牛島廣治専門委員)2〜10cfuの幅は安全係数で吸収されるのではないかと思う。今回はもっとも悪いシナリオをとっており、適切だと思う。

●(工藤氏)Enterobacteriaceaeを指標とするのは妥当であるということか?
→(豊福氏)40ページの34行目あたりに書いてあるように、腸管出血性大腸菌を網羅的に検査でき、国際的に妥当性が確認された検査法はない。O157だけであれば検査法はある。Enterobacteriaceaeはサルモネラ属菌と腸管出血性大腸菌の両方を見ることができるので科学的に妥当であろうと思う。
→(工藤氏)40ページの37行目に、「Enterobacteriaceaeは糞便汚染指標に加え、サルモネラ属菌および腸管出血性大腸菌の検出が可能である」とあるが、このように明記するのは避けた方がいいと思う。色々な文献でも、Enterobacteriaceaeによってこれらは直接的に測れないが、Enterobacteriaceaeは衛生指標菌としては利用できると書かれている。
→(中村政幸専門委員)Enterobacteriaceaeはヨーロッパで衛生指標菌として用いられている。しかし、外国と日本の飼育時の餌はだいぶ違うので、ヨーロッパの状況をそのまま参考にしてよいかということもある。
→(渡邉座長)将来的には菌の分離ではなく、遺伝子検査によって衛生管理がなされていくようになるかもしれない。今回は現状でもっとも適切な方法を採用していくというのが方針であり、限界はあるという認識は必要だ。37行目は削除するか?
→(牛島氏)本来はサルモネラ属菌や腸管出血性大腸菌を直接的に計測して値を担保するのだが、今回はそれができない。なので、それに代わるものとしてEnterobacteriaceaeを指標としている。今回は単なる衛生指標菌ではなく、サルモネラ属菌と腸管出血性大腸菌を調べているわけなので、37行目を削除したら前後関係がはっきりしなくなると思う。
→(渡邉座長)「Enterobacteriaceaeは糞便汚染に加え、サルモネラ属菌および腸管出血性大腸菌の汚染の指標としても有用である」と修文をする。

●(小泉直子委員長)5ページの「要約」に、「95%の確率で確認するためには25検体は必要となる」とあるが、この書き方では「25検体やりなさい」と管理の方にまで口を出しているように思われてしまう。
→(渡邉座長)だが、1検体では安全を確保できないと評価された。科学的には数値を示すことが必要だ。
→(牛島氏)25検体でEnterobacteriaceae が陰性ということを確認することでPOは達成できる、といった表現のみにとどめるというのも一つの手だと思う。
→(渡邉座長)19〜20行目は削除し、評価の結果をたんたんと述べるだけにする。