食の信頼向上をめざす会「『不適切な報道』はなぜ起きたのか?」(1)

4月28日、食の信頼向上をめざす会によるメディアとの情報交換会が開催されました。
テーマは「不適切な報道」ということで、週刊誌に掲載された食品安全委員会での審議を非難する記事についてと、ある地方自治体主催の講演会についての二つの講演がありました。


今回は一つ目の講演をかいつまんでご紹介します。

私たちはメディアの報道を頭から信じてしまうことがありますが、それが事実とは異なる場合もあります。食の安全の話題においても、そのような報道と事実の乖離はしばしばあります。

講演では、AERA(2010.3.1号 35-37頁)に掲載された食品安全委員会の記事について(*1)、その取材の状況と記事の問題点に関する情報提供がありました。
*1:食品安全委員会で行われた有機リン系農薬クロルピリホスのリスク評価に問題があると指摘する内容。詳しい記事の中身についてはここでは転載できないため、図書館などで探して確認してみてください。


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☆始めに(食の信頼向上をめざす会会長、唐木英明)

食の安全の基準はダブルスタンダードです。
食べ物には元々発がん性物質や有毒な化学物質が含まれており、また、食べ過ぎという危険性もあり、「ゼロリスクはあり得ない」と言います。一方で、人工の物質や新しい技術(食品添加物残留農薬、遺伝子組換え、BSEなど)には厳しい規制がしかれており、「食の安全は守られている」とも言うのです。

結局、食に関連するリスクでもっとも大きいのは、たばこや食生活の送り方といったことです。添加物や農薬など、みんなが気にするようなリスクはごく小さいものなのです。

本能により、私たちは危険に関する情報は聞き逃さないようになっています。だから、「危ない」と言っている本は売れるのです。しかし、そうした情報にとらわれると、不安に感じ、また危険情報に引き寄せられるという負のスパイラルに陥ってしまいます。これを断ち切るには、「疑う」ことが大切です。


食品安全委員会の掲載記事(食品安全委員会農薬専門調査会前座長、鈴木勝士氏)

食品安全委員会は、農林水産省厚生労働省などと独立して、農薬や添加物など、食に関するリスクを科学的に評価する機関です。ここで議論された内容は議事録として公開されています。

今回のAERAの記事の不適切さは、(1)ゲラをチェックさせるという取材条件を反故にした(2)事実無根、曲解・歪曲、誹謗・中傷、名誉棄損、極端な結論がある、ということです。


最初に取材条件を提示したのは、2008年12月です。
ゲラをこちらでチェックし、不適切な表現があれば修正する、それができなければボツとするといった条件です。取材記者はこの条件に応じました。

その後、初回のゲラが送られてきましたが、事実誤認の内容があったので、食品安全委員会事務局から編集部にその旨を伝えました(以下参照)。しかし、記事は一年近く出てきませんでした。


【初回ゲラについて記者への質問状(一部抜粋)】
●(ゲラにあった内容、以下同)「農薬の人体影響から目をそらす食品安全委員会の正体」のタイトル
→(食品安全委員会の指摘、以下同)タイトルにあるような事実はない。

●古いデータだけで農薬(クロルピリホス)のADIを決めようとしていた
最新の科学的知見に基づいて審議を行うことが評価の基本で、このような事実はない。

●再審議にクロルピリホスの慢性毒性に関する欧米の最新研究結果が出されていない
→再審議にあたっては、諸外国でクロルピリホスの評価に用いられている慢性毒性試験結果も含めて評価しており、この指摘は事実ではない。なお、アメリカにおいても、脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)の活性阻害を有機リン系農薬のADIの設定根拠とはしていない。

●「毒性の評価」が農薬のメリットとのバランスによってなされている
→議論は科学性に基づいている。バランスに関する発言は、農薬の使用の是非は毒性とのバランスにおいて判断されるという趣旨でなされており、記載されているような発言ではない。
記者は食品安全委員会は科学的事実ではない何らかの思惑が入った、偏った審議をしていると主張しており、ゲラにおいてこの点がもっとも大きな問題です。

食品安全委員会が決めたADIが、アメリカよりも3.3倍甘い
→各国のADIは以下の通りで、日本がことさらに甘い設定をしているというわけではない。
食品安全委員会:0.001mg/kg体重/日
JMPR(*2):0.01mg/kg体重/日
*2:FAO/WHO合同残留農薬専門家会議。国際機関。
豪州:0.003mg/kg体重/日
米国:0.0003mg/kg体重/日


2010年2月、取材記者より発売前週に電話がありました。
そして、「ゲラは前回見せたし内容は変わってないので、今回チェックすることは不必要だ」と伝えられました。それに対して、「新しい原稿であるならゲラをチェックする約束は生きている」「前回の記事には抗議をしたはずで内容が変わっていないとしたら問題だ」と答えました。


結局、3.1号に記事は掲載されていました。掲載された記事を見たところ、原稿の内容は初回のゲラとは違うものになっており、さらに歪曲した極端な結論になっていました。
タイトルは「食品安全委員会 真実に目をふさぐ『政治的安心』機関」に変わっており、初回のゲラの段階でもっとも大きな問題であった、バランスに関する指摘についてはさらにエスカレートし、「食品安全委員会は業界とのバランスを念頭において審議している」という内容になっていました。
そして、結論として、食品安全委員会事務局から農水省や業界官庁出身者をのぞいて真に科学的な健康影響評価に専念するべきだ、という旨の記載があったのです。

もちろん実際は、食品安全委員会食品安全基本法のもと、出身官庁に関係なく、これまで「真に科学的な」健康影響評価を実施してきました。


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繰り返しになりますが、日本の食の安全は、食品安全委員会の科学的評価に基づいた管理により守られています。今回話題となった記事は、食品安全委員会が業界寄りになっており科学的な評価をしていない、という事実に反する主張を行い消費者を要らない不安に陥らせるような内容でした。

唐木氏も述べていたように、食の安全が脅かされている、危険だ、と言っているものは、必ず最初に「疑う」といいかもしれません。
食品安全委員会の議事録は公開されているので、実際にどのような話し合いが行われたかは、誰でも確認することができます。ただし、議事録はかなり専門的な内容です(当然といえば当然ですが・・)。
今回話題になった農薬については、農林水産省HPに基礎知識をまとめたものがあります。

また、もちろんこのブログでも食の安全に関する科学的な情報をできるだけ分かりやすく提供するように努めています。

そのほかに食の安全の本質を理解するための資料としては、食品安全委員会が作成したパンフレット「科学の目で見る食品安全」をおすすめします。中学校の授業用の副読本ですが、だからといってあなどることなかれ!このパンフレットに書いてある内容から全ては始まるのです。